変なひと

零宮 縒

本文

「あの、わたし、緊張しやすいんです。そういうのに効く薬はありますか?」



 自信なさげに目を伏せる少女が、扉のベルを鳴らして現れた。



 話しかけたと思われる僕に対しても目線を合わせてくれず、瞳孔がやけに揺れている。



 絹のように白く、あまり日に焼けていない腕を、寒さに耐えるかのように組んでいた。残念ながら冬の空気が遠のいてきており、近頃は暑さすらも感じるが。



 そんなことを考えながら、少女を見つめていると彼女の胸まで届く、長い髪が揺れていることに気付いた。

 ここは室内だ。新たな客が来て、扉が開いたわけでもないのに何故揺れているんだろうか。




 なにか、おかしい。





 緊張しやすくて内気な性格だと言っても、こんな風に見えるのだろうか。






 僕はどこか違和感を感じつつも



「少しお待ちください」



 と言って、薬が並ぶ棚をすり抜け、その奥へと進んだ。




 調合には悩んだけど、いい薬があったことを思い出した。少し手間がかかるけど。










 持ってきた薬を小さな紙袋に入れて、すっと少女に手渡した。彼女はなにか言いたげにしていたが、紙袋を受け取ると、また目を伏せて去っていった。






 すっと静かになり、お暇となった扉のベルを眺めていると、自分の肩に誰かが腕を回してきた。わざわざ顔を見なくても、それが誰なのかはすぐ分かった。



晴人はると。なんだよ、彼女の惚気はもう聞かねえぞ」




「なあ、さっきの女の子。ちゃんと代金払ったよな?それに、うちの薬の中でそんな調合ができるモノなんてあったっけ?」



 僕はふざけながら言ったけれど、晴人の声色は重たかった。



 僕の言葉には何も返さず、晴人は少女のいた空間だけを見つめている。その表情にも不安が感じられた。






「代金を払うどころか、彼女本人は払うつもりも払うお金も無かったと思うよ。あと、あの紙袋の中に薬なんて入ってない」



 少女がおどおどした様子で薬の有無を聞いてきたのは、緊張しやすいから。


 それは確かだと思う。



 けど、それだけであんな挙動になるのだろうか。



 見た目は普通の女の子だったし、人目を気にしてキョロキョロしているわけでもなかったが、少女の瞳がなんだか暗いように見えた。


「え、でも、薬を入れたんだよな?」




「うちで扱ってる薬は入れてないけど、彼女にとっての薬は入れたつもりだよ」



「は?お前、何言ってんの?それに、あの子が払うお金すら持ってないって……」





 僕の言っていることは決して間違いではないはずだけど、晴人はよく分からない、という顔をしている。




「ちょっと来い」


「え?あぁ」


 僕は周りのお客や従業員に聞かれないよう、晴人を連れて、人気のない薬棚の奥に移動した。そして、ひとつ咳払いをしてから説明した。




「薬屋の裏にナガミヒナゲシが自生してたから、適当に摘んで、それを入れただけ。だから、あの袋の中身はただの花」




「え、花?薬じゃなくて?」




 僕は腕を組んで壁をもたれつつ、晴人の脳内に染みわたらせるようにゆっくりと話した。



「そう、植物の花。うちで調合した薬なんか入れてない。彼女が後ろめたそうにしてたから、緊張しやすくて人見知りにしては違和感があった。だから、わざと花を入れて、彼女に渡した」



「お前、最初からあの子がお金持ってないこと、気付いてたのか?」




「そういうことになるね。そのせいか、僕が代金を貰おうともせず、普通に薬を差し出してくるから彼女がやけに驚いてたけど」




 二人の重く、静かな空気に水を差すように、カウンターのほうから人の声とベルの音が聞こえた。


 そろそろ戻らないと。まだお客さんが多く来る時間帯だな、なんてぼんやり考えていると晴人がボソッと言葉を漏らした。




「でも、最初から払うお金を持ってないのに、うちの薬屋に来たってことは……」



「あの少女は罪を犯そうとしてたんだよ。結果は未遂に終わったけど」



 晴人の中に溜まる、いやな予感を俺はしっかりと穿つように言った。





「いやいや、未遂でもアウトじゃんか。ちょっと誰か呼んで……」



 従業員を呼び出そうと、明るい方へ行こうとする晴人の手を掴んで、その歩みを止めさせた。



「もういいから。緊張しやすいのは本当だと思うし。結局、何も盗まれずに済んだんだから、こっちに何も損は無いんだし」



 本当に調合した薬を入れたわけではないし、ただ街中でもよく見かける花を彼女に渡しただけ。


 それに、彼女が根っからの悪い子ではないような気もした。袋に入れたナガミヒナゲシがあの少女を更生の道に導いてくれるのではないかと、僕は淡い、しがない期待を抱いていた。



 それに縋りつくように、晴人に訴えるように彼の手首を握る手元を少しだけ強めた。






 晴人はじっと固まって、またボソッと呟いた。



「……変なやつ」





 その言葉に、僕も握る手をゆるめた。




「腐れ縁の人には言われたくない」




 そう言い返してやった。

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