伝説のおばあちゃんのおかげで婚約できました

uribou

第1話

「ウソみたい……」


 アッシュベリー侯爵家の嫡男ジェラルド様との婚約が成立するなんて。

 わたしはホーキンス伯爵家の血筋とはいえ、父は当代伯爵の弟で一代士爵に過ぎません。

 ジェラルド様と学院では親しくさせていただいてますけれども、身分が違い過ぎると思っていました。


「本当なんだ、チェルシー!」

「でも、どうしてですの?」

「爺様が大賛成してくれたんだ」

「先代侯爵様が?」


 先代侯爵様とお会いしたことはないはずです。

 平凡な私が知られているなんてこともないでしょうし?


「セラフィナ夫人のお孫さんなら間違いないだろうとのことだ」

「お婆様の?」


 セラフィナお婆様はうちで一緒に暮らしております。

 とっても可愛らしくて、いつもニコニコしているんです。

 何でも王都にいる方が楽しいそうで、領地と王都を行ったり来たりする本家の伯父様の家じゃなくてうちにいるんですよ。


「でもどうして……お婆様が関係あるのかしら?」

「伝説のおばあちゃんらしいじゃないか」

「えっ? 知りませんよ」

「メチャクチャモテたって。先帝陛下からも求婚されたとか」

「ええっ?」


 あの穏やかなお婆様が?

 お婆様は素敵な方ですけれども、聞き上手なタイプで積極的ではないです。

 モテるというイメージは全くありませんでした。


「家でそうしたことは?」

「全然聞いたことがないです。あっ、そういえば……」

「何だろう?」

「お婆様には御友人が多いんですよ」


 お婆様の御友人が訪問された時は、わたしも同席することが多いです。

 お土産のお菓子やフルーツをいただくのが楽しみでした。

 しょっちゅういらっしゃる方はそれほど多くないのですけれども、数が多い印象ですね。

 わたしのマナーはそこで教えていただいたようなものです。


「お婆様本人からは聞いたことがないですけれども、御友人方からは引く手数多だった、みたいなことを伺った気がします」

「そうか、慎み深い方だと自分では言わないんだろうな」


 そうかもしれません。

 でもわたし達を結び付けてくださったお婆様のことです。

 もっと知りたいですね。

 気になってしまいます。


「チェルシーのお婆ちゃんの伝説を知りたいものだな」

「わたしもです。お婆様と同年代の方なら……」


 わざわざ聞きに行くのは不躾ですよね。

 おいでくださった時ならば……。

 いえ、お婆様のいるところでは、詳しく話してくださらないでしょう。


「爺様がいい。聞きにいかないか?」

「先代侯爵様ですか? いいかもしれませんね。では訪問のお約束を……」

「そんなのはいらないよ。一度チェルシーをぜひ連れてこいって言われているんだ。爺様はいつも暇しているから、絶対に喜ぶと思う」

「ええっ?」


 い、いいのでしょうか?


          ◇


「やあ、いらっしゃい」

「突然の訪問、申し訳ありません」


 先代侯爵様のお宅を訪問いたしました。

 王都郊外にあるこぢんまりとしたお屋敷に、使用人三人とともに暮らしていらっしゃるそうです。


「ハハッ、いやいや。ジェラルドに連れてこられたのだろう?」

「そうだよ。チェルシーのお婆ちゃんのことを知りたくてね」

「ふむ?」

「ジェラルド様とわたしの婚約を先代様がお許しくださったのは、わたしがセラフィナお婆様の孫だからだと伺ったものですから」


 とび色の目を私に向ける先代侯爵様。

 もう少し続けよ、との意思表示でしょう。


「お婆様とは同居しています。でも自身のことを話すのは聞いたことがないのです」

「なるほど、淑やかで控えめなセラフィナ嬢なら当然そうだろうな」

「じゃあ同年代の爺様なら詳しいだろうってことでね。ほら、先帝陛下の求婚のことも教えてくれたじゃないか」


 苦笑する先代侯爵様。

 セラフィナ嬢という言い方に違和感がありますが、先代侯爵様の心内では今でも『嬢』なのだなあ、と少しほっこりします。


「そうか、口に出すべきではなかったな。しかしジェラルドとチェルシー嬢には知る権利があるだろう。王家の恥も絡むから、他所で話してはいけないよ」

「「はい」」

「学院時代のセラフィナ嬢はそりゃあ美しく、それ以上に可憐だった。男なら誰でも一目で惹かれてしまうから、挨拶以外は話しかけてはいけない、遠くから愛でるべしという不接触条約があったくらいだ」

「それほどですか」

「ああ、セラフィナ嬢は知らなかったろうけどね」


 やはり殿方の客観的なお話を聞かないとわからないものですね。

 不接触条約があったなんて、お婆様の御友人の御婦人方も知らなかったかもしれません。


「他にも吟遊詩人が『翼を失った天使』と歌ったとか、不接触条約を知らない隣国の留学生がセラフィナ嬢に馴れ馴れしくして袋叩きに遭ったとか、似顔絵絵師がセラフィナ嬢の美しさを表現できないと筆を折った、なんてエピソードがあるな」

「お婆様すごい……」

「令嬢方の間でも人気者だったんだ。男の前でだけいい顔をするような方ではなかったから。いつも多くの友人に囲まれていたな」


 先代侯爵様のお話を伺うだけでも、お婆様は学院生活を謳歌してらしたんだろうなあと思います。


「まさに伝説」

「その伝説の最たるものが学院三年次の感謝祭パーティーだな。先帝陛下、当時の王太子エドマンド殿下が、婚約者のローズリッチ侯爵家トリッシュ嬢、現在の王太后様を婚約破棄し、セラフィナ嬢に求婚するという事件が起きた」

「「……」」

「この事件はなかったことになってるんだ。俺くらいの年齢だと誰でも知ってるが、他所で話すと不敬罪になるから、よくよく注意してくれたまえ」


 頷くしかありません。

 王太子と侯爵令嬢の婚約破棄なんて大事件ではありませんか!


「爺様、この事件はどう収まったんだ?」

「いや、素直に収まらなかったんだ。何しろ王太子という、当時の学院で最も高位にある学生がセラフィナ嬢への不接触条約を破ったわけだから」

「どうなったのでしょう?」

「さらに七人の求婚者が現れた。いずれも高位貴族の嫡男だ」

「「えっ?」」

「俺もその一人だった」

「「えっ?」」


 大事件がさらに拗れているではありませんか!

 先代侯爵様がいたずらっぽい表情を見せます。


「思えば俺も若かった」

「「……」」

「チェルシー嬢はセラフィナ嬢によく似ている。所作が奇麗で迷いがない。落ち着きもある。ジェラルドの婚約者になってくれて嬉しいよ」

「ありがとうございます。お婆様の御友人方が時々いらっしゃって、色々教えていただけるからだと思います」

「ほう?」


 本当に認めていただいたようで嬉しいです。

 先代侯爵様はあまり家格を重視していらっしゃらないようですね。


「あの時のセラフィナ嬢は神懸かっていた……」

「爺様、もったいぶらないで教えてくれよ」

「結論から言うと、セラフィナ嬢は計八人の求婚者を全て退けた。ホーキンス伯爵家を継ぐからという理由でな。セラフィナ嬢には弟がいてそちらが伯爵を継ぐと思われていたから、意外ではあった。もっとも……」


 ふっと息を吐く先代侯爵様。


「あの場を鎮めるための、セラフィナ嬢の咄嗟の判断だったのかもしれないな。ともかくエドマンド殿下とトリッシュ嬢にこんこんと言い聞かせて、婚約破棄はないものとなった」

「それが通ったんだ?」

「あの場の支配者であったセラフィナ嬢の言うことは聞かねばならん雰囲気だったな。王国のために必要な、正しい措置だったと学生である我々が知ったのは後のことだ」

「まさに伝説」

「学院の感謝祭パーティーでしょう? 先生方は何をしていらしたんですか?」

「考えてみれば怠慢だったな。しかし異様な状況だったんだ。王太子殿下の乱心だったんだから。そして俺を含めた七人の後追い求婚者もまた、教師陣の誰より家格が上だった」


 面白そうに、そして懐かしそうに先代侯爵様が語ります。


「プローシュの乱は知っているかな?」

「現代史で習いました」


 自治領プローシュが隣国に唆されて王国からの分離独立を企図した事件です。

 現在プローシュは王家直轄の商業都市として発展していて、五〇年近く前の変事など感じさせませんが。

 

「もし当時エドマンド殿下とトリッシュ嬢の婚約が解消されていたら、王家とローズリッチ侯爵家が連携を欠いたことは間違いない。プローシュへの対応が後手に回ったんじゃないかって言われているんだ」

「そうなんですか?」

「有り体に言えば王国分裂の危機だったな。セラフィナ嬢は間接的に王国を救ったとも言える」

「まさに伝説」


 お婆様すごいです。

 全然そんな過去を感じさせないのもすごいです。

 普通の、ごく普通の優しいおばあちゃんなのに。


「久しぶりにセラフィナ嬢に会いたいものだ。いや、セラフィナ夫人と言うべきだったな」

「では、お婆様を伴ってお伺いしましょうか?」

「ハハッ、いいよ。俺も一度チェルシー嬢の御両親に挨拶しておきたいしな。俺の方が伺おう」

「恐れ入ります、では両親とお婆様にはそう伝えておきますね」


          ◇


 ――――――――――伝説のおばあちゃんセラフィナ視点。


 アッシュベリー侯爵家の御令息と孫のチェルシーとの婚約が決まりました。

 めでたいことですね。


「それでお婆様、先代侯爵様がお婆様に会いたいのですって。今度いらっしゃるそうよ」

「まあ、歓迎しなくてはなりませんね」


 マーキス・アッシュベリー様ですか。

 うふふ、本当に懐かしいことですね。

 私も学院時代のことを思い出してしまいます。


 ――――――――――


 当時の私は全然目立たない子でした。

 成績も普通ですし、可愛いと言われることはありましたけれど、殿方に声をかけられることもありませんでしたし。

 ただお友達には恵まれていましたね。

 学院生活は楽しく、せめて淑女らしくあろうと努力する毎日でした。


 驚いたことと言えば、三年生の時の感謝祭パーティーですかね。

 何と王太子エドマンド殿下が侯爵令嬢トリッシュ様との婚約を破棄し、私に愛を告げるということが。

 冗談かと思いましたが、殿下の表情は真剣でした。


『セラフィナ様、御存じですか? 人にはモテ期というものがあるんですって』


 友人に教えてもらった『モテ期』という言葉が頭を飛び交いました。

 ああ、私は今がモテ期なんですね。

 ではエドマンド殿下もいらっしゃいますし、呆れられないように精一杯格好良く演じなければ。


『ちょっと待ったあ!』


 何事?

 七人の貴公子達が次々と私に婚約を申し込んでくるのです。

 ええっ、どういうことでしょう?


 答えは一つ、今日はモテ期が凝縮されたモテ日なのだと。

 きっとモテない私に神様がプレゼントしてくださった幸運の日なのです。


『我々から一人を選んでいただきたい』


 八人の右手が差し出されました。

 神様、わかっています。

 私の人生のクライマックスなんですよね?

 私の貧弱な脳みそよ、今だけでいいから働くのです!

 この場をハッピーエンドにする最適解を導き出すのです!


 途端に私は閃きました。


『申し訳ありませんが、皆様の思いに応えることはできません』

『な、何故!』

『皆様は全員後嗣でございましょう? 私もまたホーキンス伯爵家を継がねばならぬ身であるからです』


 皆様の唖然とした顔、勝ったと思いました。

 私の弟にはとても仲の良い一人娘の御令嬢がおります。

 婿に来てくれればいいのにと言われていることを知っていましたから、この際状況を利用させていただきました。

 弟が婿に出て、私が家を継ぐのがベストです。


 まだ混乱していらっしゃる御様子のエドマンド殿下に言います。

 トリッシュ様は欠けるところのない才女です。

 必ず殿下の治世を支えることでしょう。

 婚約破棄は冗談だと仰ってくださいませ。


 コクコク頷き頭を下げる殿下を確認してから、トリッシュ様にも言います。

 殿下は許しを乞うております。

 トリッシュ様もまた器の大きさを示してくださいませ。


 トリッシュ様にもまた、苦笑しながら了承していただきました。

 これでいい、これでいいのです。

 私の心は満足で一杯でした。


 その後どうなったか、正直あまり覚えておりません。

 後に王家やローズリッチ侯爵家から感謝状が届きました。

 私の婿が決まったりプローシュで蜂起が起きたり、バタバタしていたことは覚えています。


 私のような地味な女の子にとって、本当にあのパーティーの日は奇跡でした。

 その後をのんびり過ごせていることも、この度孫娘に良縁があったことも。

 全てを神様に感謝しています。

 

 ―――――――――― 


「お婆様のおかげでジェラルド様と婚約できたのです」


 ハッと意識が現在に戻ります。


「そんなことはありません。チェルシーが素直で可愛い、いい子だからですよ。マーキス様のお孫さんなら、チェルシーのいいところをわかってくれるはずです」


 先代アッシュベリー侯爵のマーキス様と私の関わりなんて、本当にあの奇跡の一日しかないのです。

 チェルシーの婚約に私の関与などあるはずがないではありませんか。


「ありがとうございます」


 ニコと笑うチェルシーは可愛いです。

 神様、チェルシーもまた幸せでありますように。

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