36.動物園の団

「これはこれは、動物園の団の皆さんじゃありませんか」


 嘲笑と共に、複数の馬のいななきが聞こえる。


 ルーナ達は振り返った。

 

 黒い髪に立て耳が生えた、狼型の獣人達が馬に乗ってやってきた。一番手前にいた男が前にすすみ出る。男の細まった金色の目は、明らかに嘲笑を含んでいた。


「誰よ」

「狼聖騎士団黒狼隊デレク・フォン・アヴェーヌですよぅ。国を代表する聖騎士団の一隊長の顔も覚えられないなんて、エルフは脳みそがさぞ小さいんですねぇ」

「ごめんあそばせ。雑魚の顔は覚えない主義なの」


 ルーナの言葉に、デレクの隣にいた男が険しい表情を作った。


「貴様っ! アヴェーヌ卿に向かって無礼なっ!」

「よいよい。このような動物達と口論などしたくない。同レベルだと思われてしまうじゃないか」

「あんたら用件は何?」


 ルーナはデレク達を睨みつける。アランなどはあの赤い瞳で睨まれたら身がすくむが、デレクはルーナの反応を楽しむかのように口角をつりあげた。


「いやなに、ちょっとした伝令を伝えに来たんです。ついでに、かの有名な金獅子の団に挨拶でもと思ったのですよぅ。一度奇跡的に城攻めに成功しただけで国の英雄気取りの傭兵団はどんな顔ぶれなのだろうって。前に遠くから見た時はならず者の集団だと思いましたが、近くで見ると、......ただの動物の群れですねぇ。それに女子供まで。動物園の団さんは余程人手が足りないんですね」


 デレクは、四足歩行で歩くルーナ隊の一人を見て、鼻をならした。隊員は慌てて立ち上がろうとする。

 ルーナは右手をあげて止めた。


「ルーナ隊は来る者拒まず去る者追わず。闘う意志がある者を採用しているわ。うちの隊員がどうであろうとあんた達には関係ないでしょ」

「ハッ、これだからならず者の群れは。これでは狼聖騎士団の名まで汚れてしまうじゃないか。下品な生まれはその生まれにふさわしく下町で泥でもすすっていればよいものを」


 ルーナは小さくため息をついた。


 ――こんな小物ども、少し刃先をちらつかせれば文字通り尻尾を巻いて逃げ出すだろう。最悪、戦闘になった所で知るものか。部下を侮辱されたのだ。目にもの見せてやる。


 右手で剣の柄を握りしめた。


「あんたら......」


 突然、ルーナの肩にポンっと手が置かれた。


「それで、ご用件はなんでしょうか?」


 青年はにっこりと微笑んだ。

 

 金髪に赤い瞳の青年。――リオだった。


「金獅子の団団長レオナルドです」

「......ほう」


 デレクは一瞬目を広げたものの、すぐに挑発的な表情に戻った。


「かの名高い金獅子の団の団長はあなたでしたか? これは想像に反して見目麗しい。ところで姓は名乗らないのですか? どちらのお家柄の方ですか? 団はたとえならず者の集まりでもその頭は当然貴族と縁のある方なのでしょう?」

「姓はございません。ただのレオナルドです」

「なんと! 団長まで平民の出、しかも姓すらない下等市民とはぁ! それではここまで成り上がった理由がもはやわかりかねますぅ。もしやその美しい顔で貴族達に花でも売りましたかな?」

「あんた......言わせておけば......」


 ルーナは頭が沸騰しそうだった。だが、リオがぎゅっとルーナの肩を掴んだ。


?」

「......」


 リオは笑みを崩さなかった。まるでそういう表情に生まれてきた人形のように、微笑み続ける。

 デレクもリオが反応しない事を面白く思わなかったのか、口角を下げた。


「酉の刻には第一拠点に着くかと思われます。その後軍略会議を行うので動物の団さんもご参加下さい、というのが用件ですぅ。では」


 デレクはそれだけ言うと、マントを翻し馬を走らせようとした。


「ひじょーに残念ですがぁ、今回の戦に貴方達の活躍の場などありませんよぅ。私達主力部隊を補佐する立ち位置、黒狼隊の引き立て役になる訳です。そのためだけに最近話題の金獅子の団さんに来ていただいたようなものですから。というか、今後もレウミアの時のように活躍できるとは思わない方が良いですよ。貴方達みたいな一時的に人気になっているだけの団なんてこれまで幾度も見てきましたが、皆さんいつの間にか消えてるんですよねぇ」

「......。俺たちは、もっと大きくなりますよ」

「はは、言うだけなら簡単ですよねぇ」


 デレクは嘲笑しながら、去っていった。彼は見ていなかったが、リオの赤い瞳には強固な意志の輝きがあった。


「......」


 ルーナはそっとリオの横顔を見た。

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