11.リオのお嫁さん

「銅貨が......さ、3枚も!? ほ、本当に稼げた......」


 震える手で、ルーナは未だかつて持った事のない大金を握った。


 今日、人通りの多い路上で、リオは前に暗記していた吟遊詩人の唄を披露した。

 最初、大通りを行き交う人々は、誰一人として立ち止まらなかった。ただ調子にのった子供がお遊戯をやっているように見えたのだろう。だが、リオは一向に唄をやめない。ルーナは、今日の稼ぎは自分にかかっている、と直感した。時間を無駄にするくらいならと食べられそうな木の実を集めに行った。

 

 しかし、夕方になって合流したらなんとリオの手には大金が握られていたのだ。ヘンテコだが珍しい楽器の音色と子供にしては上出来な歌声に、一人、また一人と次第に立ち止まる人が増えていったらしい。


 ルーナは唾をゴクリと飲み込む。これだけあれば肉が買えるだろう。ルーナはここしばらくまともな肉やパンを口にしていなかった。リオはにんまり笑う。


「ルーナの食べたい物言いな。片っ端から買ってやるよ」



 ルーナはいつもの貧民街のテントで満腹感を味わいながら横になっていた。


(こんなにお腹が膨らんでいるのはいつぶりだろうな。もしかして、明日もたくさん食べられるかなあ)


 ルーナは幸福で満たされていた。


 ルーナは毛糸で編んだ耳当てを装着して寝る体勢に入る。耳当ては前に屋敷でリオが作ってくれた物だ。屋敷の盗品含めた全ての持ち物を失って逃げた時もこれだけは大事にスカートのポケットにしまってあった。


「ねえ、それ暑くないの? いい加減とったら?」


 隣で同じように横になっているリオが言った。ウロデイルと比べてこの貧民街は年間を通して暑い地域である。にもかかわらず、ルーナは欠かさず毛糸の耳当てを毎晩つけていた。リオがとるように注意するのも今日で初めてではない。決まってルーナの返事は、


「嫌」


の一点張りだ。リオはため息をついた。だが、表情はどこか柔らかく、くすぐったいような愛おしいようなそんな微妙な表情だった。


「兄貴がくれたものだもん。ずっと使ってたいわよ」

「でもそれもう結構汚いし、その内カビ生えてくるよ。そうしたらルーナの頭がきのこだらけになっちゃうよ」

「そしたらとって食べるからいいもん」


 リオは苦笑しながら片手を伸ばし、毛糸に包まれたルーナのエルフ耳をなでた。


「ルーナは多分さ、俺よりもたくさん生きると思うんだ」

「......? それは、......半分エルフだから?」

「うん、そう」


 ルーナは息をのんだ。自分の寿命の事なんて考えてもみなかった。


「私が、子供のままでも兄貴が大人になるって事?」

「そうだよ。......俺が死んでも、お前はたくさん生きて、色んな事ができて、色んな人に出会えるんだ。羨ましいなあ」

「......」


 リオは、羨ましい、のとは少し違う複雑な表情を見せた。ルーナはなんだか胸がきゅっと苦しくなったような気がした。

 ルーナは片耳を指ではさんだ。


「耳、ここら辺で切ったら、人間になれないかなぁ」

「切ってみるか?」


 リオは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「い、嫌よ!」

「ははっ、冗談だよ。せっかくの長い寿命なのに、人間になって何の得があるっていうんだよ」

「人間になったら、


 一瞬、テントの中に静寂が訪れた。リオの表情が固まる。


「お嫁さんになったら兄貴とずっといられるでしょ?」

「え? あ、ああ、うん、まあ。そうだな」

「......」

「......」

「......」

「......切ってみる?」

「嫌!」


 リオは微笑んだ。少し、寂しげな微笑みだった。


「ははっ、......別に俺の女にならなくたってこうやってずっと一緒にいればいいじゃないか」

「うん! 兄貴にお嫁さんができて、子供ができたら私もそこへ一緒に住むよ」

「......まあ、ペット枠は空けとくよ」


 ルーナはくすぐったくなって耳をバタバタ動かした。

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