後編
竜魔王国――そこには、人間と竜族が手を取り合って暮らしている。
そこを治めているのがリュシアとヨシュアの実の父親である、竜魔王――サディアスなのである。
当然、治めている存在が人間ではなく、竜族と言う存在だと、普通ならば知っており、もちろん他国も知っていなければならない事だ。
特に竜族であり、竜魔王であるサディアスの娘、リュシアは竜族の血を最も濃く受け継いでいる存在であり、両目は『竜眼』を所持している。
『竜眼』は王族しか持っていないモノで、『言霊』と言う呪文を使えば、目があった者達に対して魔術をかける事が出来、同時に無理やり自分の言う事聞かせる事が出来る。
リュシアが騎士たちに行ったのはそれだ。
アストリア王国と竜魔王国は一応敵対する事なく同盟国の一つだったはずなのだが――リュシアが王太子であるオスカーをみて考え直した方がいいのではないだろうかと思えるほど、この国には未来はないと悟る。
そんな事を考えながら、リュシアは小さき身体ながら、ゆっくりとお辞儀を王太子にするのだった。
もちろん、『竜魔王』と言う言葉をオスカーは聞いた事がある。その発言を聞いたオスカーの顔は真っ青に染まっている。
(……まぁ、怯えるのも無理はないよなぁ)
そんな事を考えながら、リュシアはオスカーに目を向ける。
「本来、父上が招待される予定でしたが、弟がどうしても聖女であるエステリア様を一目見たいという事で私たちが代理として訪れましたが……このような茶番劇を見る為に、来たわけではございませんので。そして、もし私たちを拘束するのでありましたら、我が父上、ひいては我が国を敵に回すと言う事をお考えいただきたい……理由が定まっておりませんので」
「も、申し訳ないりゅ、リュシア殿……そ、その、私は――」
「言い訳は結構です。要は婚約者が居ながらもその婚約者の妹と愛を育み、エステリア様を蔑ろにしたという事でしょう?挙句に婚約破棄をこのような公の場で行い、エステリア様を国から追放する予定だったのでは?あなた様は本当に王太子なのでしょうか?」
「う、ぐ……」
オスカーは何も言えない様子で唇を噛みしめながら唸るのみ。隣に立っていたはずのサシャも怯えた表情を見せながらオスカーとリュシアを交互に見ているのみ。
『あれ』がもし、王妃になってしまったら、間違いなくこの国は滅びるなと思いながら深くため息を吐き、背を向けた。
「今回の件は父上に報告させていただきます。そして、あなた様の国の聖女であるエステリア様がいらないと言う事でしたので、エステリア様はこちらでいただきますね。だって、いらないのでしょう?サシャ様が聖女にふさわしい、のですから」
「ッ……」
はっきりと、婚約破棄を宣言した時そのように言っていた。フフっと笑いながら答えるリュシアの手をエステリアは静かに握りしめていたなんて、誰も知らない。
そしてそのままリュシアはエステリアの手を再度強く握りしめると、引っ張るようにしながらこの会場の外に向かって歩き出す。
エステリアはサシャに視線を向けた後、両親に目を向ける。
エステリアの父親はそんな彼女の姿を見て、静かに頷きながら呟いた。
「いってこい、エステリア。すまなかったな」
「――おとうさま」
父親の言葉が聞こえたのか、エステリアは目から静かに涙をこぼし、そのまま会場を後にするのだった。
▽ ▽ ▽
「戻らなくてよかったみたいですね」
「いや、戻ってリュー。これからひとっとびで帰って父さんに報告しないといけないから。アストリア王国の事で……これ以上突っ込むのもめんどくさいからあとは父さんに任せる」
眠そうにしながら答えるリュシアは身体を軽く伸ばしながら従者であるリューに視線を向けると、リューは静かに頷いた後、来ている服のシャツを脱ぎ始める。
「脱ぐならあっちの草むらでやってくれ。ボクはともかく、一応令嬢がいるから」
「……了解しました、リュシア様」
服を脱ぎ始めているリューを近くの草むらに追いやった後、今度はエステリアに視線を向けると、エステリアとヨシュアが二人で話はじめている姿を目にする。
少し恥ずかしそうにしながらも、何とか二人で会話が出来ているように見えて、リュシアも少し安堵しながら身体を伸ばす。
これから、と言う事を考えなければならないのだ。
(……一応、ボクの家は竜魔王……魔王と聖女かー、父さん怒るかなー……)
幼い頃、死んだ母親からよく勇者と魔王の話をされた事がある。御伽話だったのだが、リュシアも、そしてヨシュアもその話を幼い頃はよく信じていた。
最終的には勇者にやられてしまった魔王――その魔王は実は父親なのだと聞いた時、二人は泣きながら父親に抱き着いて半日離れなかった、と言う事があった。
勇者の中には聖女と言う存在も居た。
聖女は光魔法を操り、人々を癒し、幸せにしたと言う事。しかし、リュシアたち竜魔王の一族は主に闇魔法を好む存在であり、つまり対たる存在なのである。
当然、父親である竜魔王も光魔法は嫌いらしく。
「……」
しかし、エステリアとヨシュアが楽しそうに会話をしている姿を見てしまうと、何も言えなくなってしまう。現にヨシュアにとって、エステリアと言う存在は、美しい、清らかな聖女と言う事もあり、憧れの存在なのだ。今、そんな憧れの存在と会話している事が嬉しいのか、楽しそうに話している。
姉として、そんな二人を引きはがす事は出来ないし、そもそもリュシアがエステリアを誘ったのには理由がある。
その為には弟のヨシュアと仲良くしていただかないといけない。
「……エステリア」
「あ、は、はい!何ですか、リュシア様」
「リュシアで良いよ。確かにボクは君にとって年上だけど、成長しない身体だからねぇ、気にしないで」
「は、はぁ……では、リュシア。何でしょう?」
「君にはこれからボクたちの国に来てもらうんだけど……もしかしたら一部から歓迎されないかもしれない。それでも、連れてって良いかな?」
「……覚悟の上です。もはやここに私の居場所などありませんから」
「それなら良いんだけど……あ、君を連れていくのにはね、エステリア」
「はい?」
エステリアは一体何を言われるのだろうと内心緊張していた。
心臓の音がもしかしたら聞こえているのかもしれないと思うと、安心出来ない。心臓をドキドキさせながら、エステリアはリュシアに目を向けると、彼女はそのまま弟の隣に立ち、彼の手を握って答えた。
信じられない事を。
「弟、ヨシュアと結婚して夫婦になってもらいたいんだけど、良い?」
「「……え?」」
リュシアは笑顔でそのように答え、エステリアも、そして何故かヨシュアも思わず間抜けな顔を見せながらエステリアと一緒に驚いていた。
そんな二人の間抜けな顔を見られた事で、リュシアは再度、嬉しそうに笑った。
『――リュシア様、準備完了し……何を言ったのですか、リュシア様?』
竜の姿になったリューはそのままリュシアたちが居た場所に向かったのだが、そこにはヨシュアが泡を吹いてその場に崩れ落ちる姿と、固まったまま動かないエステリアの姿、そして流石にまずかったと思いながら青ざめた顔をしながらリューに視線を向けているリュシアの姿があった。
「ど、どうしよう……なんか、ヨシュアが壊れたッ!?」
『……だから何を言ったんですかリュシア様。エステリア様も俺の姿を見ても何も言わないし。普通だったら驚くのに、それ以上の事言ったんでしょう?』
少し慌てる素振りを見せている主人に対し、リューは静かに、深くため息を吐いた。
▽ ▽ ▽
――数週間後。
「リュシア、アストリア王国から書状が来たが……これは破棄しても構わないな?」
「もしかして、エステリアを返してほしいって言う話だったりする、父さん?」
「ああ……全く、国王は信じていたが、息子はダメだな。エステリアが居なくなった後は、国民たちが大激怒したらしい。アストリア王国にかけられていた結界も薄くなってきており、魔物が押し寄せ始めてきているらしい」
「……自業自得だよ。エステリアは毎日教会で祈りをささげて、そんでもって王国を魔物たちから守るために結界も張っていたんだ……サシャって言う妹には出来ないね。それにあの女はボクたち寄りだ」
父親である、竜魔王サディアスは送られてきた書状をすぐに破いてしまう。そして、そのまま黒い炎で簡単に焼いてしまったのを確認しながら、リュシアは呼んでいた書物を閉じる。
エステリアをこちら側に連れてきて数週間、何度もエステリアをアストリア王国に返してほしいと言う書状が来ている。二人は無視しているのだが。
切ったのは向こうであり、自業自得なのだ。
そして、魔物たちが攻めてこないように、エステリアは結界を張っていたらしいのだが、その結界も徐々に失っていく形になってしまっている。
王太子であるオスカーの隣に居たエステリアの妹、サシャも光魔法を使えるが、竜眼で相手の魔力を見ていたリュシアはエステリア以上の力ではないと認識していた。
「そのサシャと言う妹は光魔法は使えるのか?」
「いや、使えないね。ボクが感じたのは光じゃない。同じ、闇魔法だ……きっと、何処からか光魔法を闇魔法で盗んで温存していたのかもしれないね。そういう魔術を聞いたことがあるから……まぁ、盗んだとしても、もって半年ぐらいかなーエステリアの話だと、半年前に目覚めたって聞いたもん」
「まぁ、お前が言うならそうなんだろうな……母親譲りの『竜眼』を持っているのだから」
「あのサシャって女、ボクよりずる賢いよきっと。めっちゃ腹黒そうだもん。エステリアがオスカーに婚約破棄つき付けられた時、静かに笑ってたんだぜこえー」
(でも婚約破棄をしてくれたおかげで今、エステリアも……ヨシュアも幸せそうだもんなぁ)
リュシアが今いる場所は父親の書斎だ。
サディアスの書斎の窓の外に見えるのは、綺麗な薔薇の庭園で恥ずかしそうにしながら何とかエステリアと話を続けているヨシュアと、そのヨシュアの隣で優しそうに笑いながら話をしているエステリアの姿だった。二人はあれから良い関係を築けているらしく、姉として安心する。
まさか、このように、うまくいくとは思っていなかった。
あの後父親に話をしたのだが、最初は反対していたサディアスだったが、その後ヨシュアと、そしてエステリアもサディアスに話をしてくれて、何とか婚約をする形で収まったのが一週間前。
一応手紙でエステリアの婚約の件を彼女の父親に送ったのだが、返事は簡易なもので。同時に「どうか、娘の事をよろしくお願いします」と書かれていた。家族には愛されていたんだなと実感できる手紙でもあった。
全てがリュシアの手の中で転がっている。フフっと笑いながらリュシアはサディアスに目を向ける。
「これで後継ぎ問題は落ち着きましたよね。しっかり者のエステリアが隣に居れば、ヨシュアも安心だ!」
「……やはり理由はそれか。そんなに私の後を継ぐのが嫌だったのか、リュシア」
「子供の姿で成長が止まったボクがその椅子に座るのはおかしいでしょう?それに、ボクは一応女だ……ヨシュアの方が絶対に向いている。性格に難はあったけど、きっとエステリアが横で支えてくれるから大丈夫でしょう……これで、ボクは安心して自分の好きな事が出来る」
竜魔王の国でも、そろそろ後継ぎ問題が出ていた。もちろん、ヨシュアかリュシアのどちらかが後を継がなければならない。
父親であるサディアスはリュシアを指名したのだが、リュシアはこれを断った。まず、容姿が幼い事と、自分にはサディアスのように国を治められる力がないと思っているからである。
だからこそ、リュシアはヨシュアを指名した。弟ならば頭も良いし、いざと言う時には頭の回転が速い。そして、ヨシュアの隣には聖女と言われた存在、エステリアが傍に居てくれる――これ以上何を求めるのだろうかと、笑いながらサディアスに目を向けた。
静かため息を吐いたサディアスがリュシアに問いかける。
「……これから、どうするつもりだ、リュシア?」
「とりあえず二人が成長するまでは様子見かな?それが終わったら……そうだな、旅に出たいな。見た事のない世界を見てみたい……元々、冒険者になるのが夢だったし、憧れだしなぁ……」
「……相変わらず、お前は自由だな、リュシア」
「自由が好きなんだもの」
フフっと笑いながら答えるリュシアに対し、サディアスは小さく呟いた。
「本当、お前のその性格は母親似だな」
サディアスの言葉を聞こえないフリをしたリュシアは再度、二人の姿を見つめる。その時、書斎の扉が開いて入ってきたのはリューだった。
「竜魔王様、リュシア様、お茶をお持ちいたしました」
「……少し休憩にしないか、リュシア」
「そうだね、父さん。リュー、ボクはいつものお茶をお願いね」
「承知いたしました、リュシア様」
いつものように、リューは素早い動きで、リュシアが好むお茶を用意してくれる。透き通るような綺麗な色をした紅茶が完成し、最後にレモン果汁を入れれば完成である。
リュシアは用意されたお茶を、菓子と一緒に口の中に入れ、美味しそうに飲みながら居ると、サディアスがふと、思い出したかのように彼女に言う。
「で、リュシア。お前はどうするんだ?」
「え、どうするって、何が?」
「ヨシュアには既にエステリアと言う婚約者が出来た……お前は、そっちの方は、どうするんだ?」
「……」
まさか父親からそのような発言が出るとは思っていなかったので、持っていたカップを落としそうになってしまった。お気に入りのカップなので、正直壊れてほしくない。
驚いた顔をしたまま、呆然としているリュシアの顔が徐々に真っ赤に染まっていく。
「ちょ、え、と、父さん!こんな幼児体型のボクに結婚なんて無理無理!出来るわけが――」
「ダメです、竜魔王様」
「ん、リュー?」
「ちょ、リュー、何が――」
「リュシア様は私の未来の奥さんですから、誰にも渡すつもりはありませんので」
「「え……」」
真顔で、はっきりと、そのように言ってきたリューの姿に、サディアスも、そしてリュシアも呆然としながらリューに目を向けるしかできなかった。
一年後、アストリア王国は滅ぶことになる。魔物たちの軍勢により。
民たちは竜魔王の娘、リュシアの提案により、竜魔王国に避難し、それから移住する事になる。
王太子であったオスカーは最愛のサシャと共に魔物の軍勢に惨殺されると言う運命をたどったのだった。
それから数年後、ヨシュアとエステリアの結婚式は盛大に行われ、ヨシュアは竜魔王に即位する。
そんな二人の間には双子の兄弟が出来、末永く幸せに暮らす事となった。
一方、リュシアは従者、リューと共に世界を見る為に冒険者となる。
末永く、一緒に。
END
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