徒歌といくさぶね
かやぶき
濤声overtune
ふねはうたう、と云う。
「歌うんですか。船が」
「そうじゃのう。歌うよ」
わたしの横に座る青年は、事も無げにそう言い放ちます。これは驚きです。だって、わたしはそんなもの聴いたことがないのですから。わたしだけではありません、兄も先輩も、歌う船の話なんてした事はないと思います。だけど、二度訊いても答えは一緒でした。
「でも……わたし、もう呉にそこそこいますけど、船も周りにありますけど、歌なんて……」
「うん。確かに、最近はめっきり聞かんな。だけど、昔はよぉ聴こえてきとったよ。これがまた、美しいんじゃ」
彼はかつてを懐かしむように、その緑青の瞳を細めます。赤錆の付いたような髪を、瀬戸内の風に靡かせて。呉訛りの澄んだ声が、心地よくわたしの耳に届きました。
「……『船霊』。ふねのたましい、と呼ばれるもの達の歌、じゃ。聞いたこと……あるよな、多分。
何なら、横須賀や佐世保の奴らにも訊いてみるといい。とは言え遥か昔のことじゃけ、あいつらが憶えとるとは限らんけどな」
「と言われましても……」
横須賀も佐世保も遠いのです。今のわたしが気軽に出向ける所ではありません。横須賀にいる時に訊いておけば良かったのかも。
「その単語自体は知ってますよ。一応これでも港の子です。でも、ちょっと行けませんね」
「じゃな。電話してもいいけど時間かかるけぇの……ああ、じゃあせめて、俺が覚えとる限りなら教えてやれるが――」
「是非!」
いけないいけない。食い気味に答えてしまいました。でも仕方ないと思います。知りたい、の前には抑えが効かないのは意思を持つもののさだめでしょう。わたしの返事に彼は一瞬引いた様子でしたが(失礼な)、ふっとまた優しげな顔に戻って口を開きました。
「じゃあ、少しだけ。お前の都合もあるじゃろうけぇ。横須賀や佐世保から聞いた話もあるけぇ、それも混ぜて教えちゃるよ。
そうじゃのぉ、あれは――」
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