第47話 私たちにも意地がある

 その時点での、『独立幻魔団』との戦いの状況は以下の通りだった。

 マシューとシャーリーは、中庭から拠点アジトに向かう途中で、副団長の『葬夜ソウヤ』と、元Aランクパーティー『鋼の紅蜘蛛べにくも』のリビング・デッド三体に行く手を阻まれ、動けない。

 カシームは、母屋内で襲ってきたリビング・デッドを退けたものの、毒にやられ、回復を図っているところ。

 ラインフォード邸に向かっていたダッダリア冒険者ギルドのマスター、「ジャガーさん」ことデミトリーとその一行は、突如現れたスケルトン・ソルジャーの軍隊と、街中で交戦中。

 拠点アジトにて、『シーズンズ』の残り二人、『スプリング』と『サマー』の前に、窮地に追い込まれているアスーロとタミーの兄妹を、助けられる者は誰もいない……はずだった。


 だが、今、『スプリング』と『サマー』の二人は、白い梟の大群に襲われている。

 そして、大きな声が響いた。

「坊ちゃまー!」

「お嬢様ー!」

「「ご無事ですかーっ!!」」

 声の主は、アフロヘアのレックスと、ソフトモヒカン頭のビート。更に、

「賊ども! 坊ちゃまとお嬢様に対する乱暴狼藉、絶対許さんぞっ!!」

 上着のない執事のレックスも、相手を大喝しながら、部屋に入ってくる。その横には、寝間着姿の料理人たちも続いている――


 この『星々の咆哮』の拠点アジトにやって来たのは、カシームに助けられた、立てこもり組の使用人たちだった。

 漏れ聞こえた、カシーム、マシュー、シャーリーの会話から、賊の狙いがフラーノ・ラインフォードの子供たちであると認識した彼らは、二人の身を案じ、カシームの後を追い、屋敷内の一室で倒れてしまった彼を知らぬ間に追い越し、そしてここまで来て現在の状況に遭遇したのだ。


 梟の群れは、メイド長のジーノの仕業である。

「あー、鬱陶しいわっ!」

 『サマー』が、両腕の豪腕をブンブンと振り回す。

 それが当たった梟は、あっという間に一枚の紙になり、はらはらと床に落ちていく。

 何やら字が書いてある――本のページのようだ。

 だが、『サマー』に群がる梟の数は、一向に減らない。


 ジーノは、拠点アジトのすぐ側の屋外にいた。

 両腕を前に差し出したその前には、大きな丸い魔法陣が輝いている。

 その両脇には、ミラとキャロル、メイド二人がいる。二人とも両膝をついた姿勢で、傍らにそれぞれ大きな本が置いてある。

 ミラとキャロルは、本を開いてページを一枚一枚破り、まるで暖炉に薪をくべるように、紙を次々と魔法陣に放り込んでいく。

 魔法陣と接触した紙は、一瞬のうちに白い梟の姿となって、敵に向かって飛んでいく。

 今は「破壊される数より生み出される数の方が多い」状態だったのだ。

 しかし、ジーノの額には、脂汗が滲んでいる。さすがに辛そうだ。

「ジーノさん……大丈夫ですか?」

 ミラが心配気に言う。とはいえ、作業の手を止めることはない。

「まだまだ……若い頃は『ダンジョンに咲く一輪の花』と呼ばれていたのは伊達ではありませんよ」

 キャロルが口を開いた。

「えっ……美人で評判だったのは知ってますけど、冒険者だったとは初耳ですよ」

「フフフ……あの頃はね、もう毎晩のように違う殿方が言い寄ってきてね……断るの本当に大変だったのよ」

 辛さを紛らわすかのように、軽口をたたく。

(とは言え、やっぱり年は取りたくないものね……あと三……いや二分持てばいいところだわ)

 メイドたちの共同作業で紙から生まれる梟が、一羽、また一羽と拠点アジトの建物の中に飛んでいく。


 その梟に、『サマー』同様、襲われている『スプリング』。

 彼もまた、梟の群れを払いながら――

「こ……この、カスどもがぁ!!」

 激怒しながら、床に《収納魔法インベントリー》の魔法陣を発生させた。

 そこから、ボコボコッと、泥が湧き上がろうとしていたが……

「させぬっ!!」

 反応したのはルークス。

 この拠点アジトには、たくさんの本がある。もちろん、そのほとんどは、アスーロが持ち込んだ物だ。

 ちなみに、ジーノたちが作っている梟の原材料になっているのも、アスーロの本だ。

 現在地の広間、ルークスたちの背後にも、背の高い木製の本棚があり、大きくて分厚い、表紙も頑丈な本が並んでいる。

 その本棚に向かって両手を伸ばし、ルークス、唱える。

「《物体移動スペシャルデリバリー》!」

 本棚の中の本の多くがポゥと光に包まれた。次の瞬間、本は勢いよく飛び出すと、ズカズカズカッ! と、湧き上がる泥に後から後から突き刺さり、蓋をしてしまった。

「!?」

 『スプリング』は狼狽えた。

 ルークスの方は……

 グギッ。

 腰から変な音がして、ルークスはその場に四つんばいになる。

「あいたた……また、腰がっ……腰痛がっ……」

「だから何で魔法使うと腰がいっちゃうんですか!?」

 傍らの寝間着姿の男、思わずツッコミを入れながらも、ルークスを抱き起こす。

「このジジイ! 何してくれとんねん!」

 『スプリング』は、怒りで血走った目をそんなルークスに向けた。

 ルークス、腰が痛いだろうに、ニヤリと余裕の笑みを『スプリング』に返す。

「ざ……残念だったな。そこから武器を取り出そうって魂胆だろうが、そうは問屋がおろさんってヤツよ」

 そう、『スプリング』は既に、致命的なミスをおかしていたのだ。

 勝ち誇って、アスーロに土下座をさせようと、泥を《収納魔法インベントリー》に全部入れてしまった。

 泥魔法が使えたなら、使用人たちの抵抗など、物の数ではなかっただろう。

 結果的に、これが彼の命取りになるのだが――

 それにしても、物を動かすという、この世界ではそこまで凄いものではない魔法で敵の最大の弱点をつくとは、この初老の男、ただ者ではない。

 両脇を調理人たちに抱えられながら、ルークス、ほくそ笑んでいた。

(フフッ……老いて腰痛持ちにもなったこの身だが、これでも西の蛮族との戦争を勝ち抜いた男だぞ……お前なんぞとは、戦いの年季が違うんだよ!)

「クッ……クッ……クソがぁぁぁ!!」

 『スプリング』は、《収納魔法インベントリー》に刺さった本をどけようとする。しかし、乱雑に何冊もの本が一段、二段と深々突き刺さっていて、引き抜くのは容易ではない。

 さらに、そこにジーノが作った梟たちが邪魔をしてくる――

「こっ、このっ! 邪魔やっ!!」


 その頃、『スプリング』に殴られ、蹴られたダメージが残るアスーロの側には、レックスとビートが集まってきていた。

 それぞれ、手に、アスーロにとって大事なものを抱えて。

「お嬢様を保護しました! もう安心ですよ!」

 レックスは、気を失っているタミーを両腕で抱えている。

「これ、坊ちゃまが作ってた武器でしょ!? 地下室にありましたっ!」

 ビートの方は、両手で例のパンツァーファウスト、アスーロの呼称では「マジックランチャー」を持っている。

「こいつで、あいつらやっつけて下さいよ!」

 武器をアスーロに手渡しながらビートが言うと、アスーロが答える。

「……できない」

「え!?」

「メガネがないんだ……これじゃ、狙いがつけられない」

 ビートが目を向けると、ちょっと離れたところにアスーロのメガネがあり、完全に壊れている。

 彼らの前では、『スプリング』と『サマー』の二人ともが、あっちこっちに動きながら、群がる梟を払っている――まるで踊っているようであった。

 だが今のアスーロには、それが、薄ぼんやりとしか見えていない。

「分かりました、とにかく構えて下さい、坊ちゃま」

「えっ」

「いいから」

 アスーロはマジックランチャーを肩に担ぎ、片膝をつく。ビート、その後ろで中腰になる。

「おいらが狙いをつけます。できれば、ワンショット・ツーキルしたいと思います。合図したら撃って下さい!」

「だ、だめだよビートさん!」

 アスーロの答えが意外だったもので、ビートは気色ばんで言った。

「どーしてですか?」

「発射するとこいつ、凄い排気が出るんだ。後ろにいたらただじゃ済まない……下手すると死んじゃうよ!」

「……そういうことでしたか。了解です。じゃあ、狙いをつけたら、さん、にぃ、いち! で飛び退きます。おいらを信じて、引き金を引いて下さいッ!」

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