第38話 俺の女を見せてやる――③

 そして舞台は再び、現在、月明かりのラインフォード邸の馬場に戻る。

 起動したアイギスは、以前と同じように、乙女のレリーフを中心として薄ぼんやりとした光を放っている。

「長いことお呼びがないので、私のことなど、とうに忘れたかと思いましたわ」

 ちょっぴり不満げな声だ。

「そう言ってくれるなよ……メドーをおいそれと呼び出せない理由は、分かってんだろ?」

「そうですけど……でも今は、リスクを背負ってでも、私が表に出て、を使わないと勝てない敵を相手にしているわけですね」

「ああ」

「そこまで追い込まれるのは久しぶりですね……ああ、昔はもっと私の出番も多かったのに。私にとっては、ご主人様がここまで強くなられたのも痛し痒しですわ」


「ええい、何をクチャクチャ喋っている! 全くもって面妖なっ! その奇怪な盾もろとも地獄に落ちるがいい、カシーム=マトラ・ユーバリー!」

 しているカシームに焦れて、『ウィンター』は、槍斧ハルバードをぐるぐると頭上で旋回させながら、向かってくる。

「ご主人様、期間は如何ほどに」

「二週間もあれば十分だ」

「委細承知!」


 光が一段と強くなったかと思うと――レリーフの乙女の姿が大きくなっていき、盾から抜け出すかのように、通常の人間のサイズになっていく。

 大きくうなだれた形で盾から半身を乗り出す、その幻影――垂れた長い髪が、月夜の中でも金色に輝き、一糸まとわぬその体は、どこもかしこも象牙のような真っ白い肌。

 例えよく顔が見えなくても、絶世の美女であることは疑いなしと思えるほどだ。

 が、彼女が面を上げていくと――一瞬のうちに玉の肌は鱗に覆われ、髪は無数の蛇となり、下半身が大蛇である禍々しい蛇女ゴーゴンの姿に変わる!

 そして、先ほどまでの鈴の音のような美声とはうって変わった、地の底からの呪詛のような声が響いた。

「《石化ペトリフィケーション》!」


「うぐう!」

 向かってきていた『ウィンター』、思わずたじろぐ。だが……

「ふっ、知っていますよ、姿を見た者を石に変える蛇女ゴーゴンの能力! しかし……」

 『ウィンター』、目を閉じる。

「こうして目を閉じてしまえば恐るるに足りません! そして私は、例え見えなくても、貴方の位置がはっきりと分かるのです!」

 言って、両眼を閉じたまま、槍斧ハルバードを構え直す『ウィンター』。

 これだけの達人である以上、その言葉に嘘はないだろうとカシームは思ったが――

「無駄なあがきだ……いや、お前さんの言葉を借りれば、全くもって無駄なあがきだっ!」

 カシームは、右手に持っていた大剣を手放す。

 そしてその手の指を大きく広げ、『ウィンター』に向けて差し出すと、叫んだ。

「スキル発動、『挑発プロボーク』!!」


 「挑発プロボーク」で煽られた『ウィンター』は、我知らずカシームに襲いかかろうとした。

「きっ……貴様っ!」

 カッと目を開いて、カシームを睨みつけて――

 しかし、その目の前で待ち構えていたのは、世にも恐ろしい蛇女ゴーゴンの姿だ。

「うっ、しまっ……」

 もう遅い。一瞬で足が動かなくなった。

 このように、相手の憎悪ヘイトを掻き立て、強制的に攻撃させるスキル、「挑発プロボーク」を使われたら、『ウィンター』のように目を閉じたり、或いは逃げ出したりで、石化ペトリフィケーションから逃れることはかなわない。

 「挑発プロボーク」と「石化ペトリフィケーション」――このの技の同時発動は、まさに百パーセント必殺のスーパーコンボだった。

 下半身から、どんどん石に変わっていく『ウィンター』。

「うっ……うっ……うわあ、あ!」

 マスクの下で恐怖の声を上げる『ウィンター』に、盾から長い体を伸ばしている蛇女ゴーゴンが抱きつく。いや、絡みつくというべきか。

「うわああ、よ、寄るな、このバケモノーっ!!」

 それが最後の言葉となった。

 カシャン、と音を立てて槍斧ハルバードが地に落ちる。

 上半身とマスクの下から覗く口や顎の部分――『ウィンター』の、肌色だった部分は全て灰色に変わり、そしてピクリとも動かなくなった。

 まるで映画のフィルムを逆回しするように、蛇女ゴーゴンの幻影は小さくなりながら大盾アイギスの中に戻っていき、最後に一瞬だけ、金髪の美女の姿を見せた後、消えた。

 決着――おかしな格好の、背の高い石像が一つ新設された馬場に、再び静寂の時が戻った。


「……ったく、メドーをバケモノ呼ばわりするとは、失礼にもほどがある奴だ」

 カシーム、石像と化した『ウィンター』の姿を見ながら言う。

「全くもって、ですわ」

「ま、二週間すれば元に戻るからな……もっとも、戻ったら即、縛り首かもしれんがな。ありがとう、助かったぜ、メドー」

「ご主人様」

 今は、カシームはアイギスの五角形の先端を地につけ、上端に左手を添えている。その盾の中のメドーが言う。

「ん?」

「せっかく久しぶりにお会いできたのに、もう戻れと言うんですか?」

「仕方ねえだろ! まだ戦いが終わってねえんだよ!」

 必殺の石化ペトリフィケーションの能力があっても、メドーを呼び出してそれを使うと、暫くの間、盾としての機能が大いに損なわれる――それがアイギスの弱点であり、カシームがこの力を、ここぞという時にしか使えない理由である。

「どうせ夜は大抵どなたかとご一緒なんでしょうけど。でも、週に一度くらいは私を呼び出して、語り明かしてもいいんじゃありません? 昔みたいに……ああ、子供の頃はあんなに可愛かったのに、どこでどう道を間違えたらこんな――」

「分かった、分かったよ」

 答えるカシーム、面倒くさそう。

「絶対ですよ!? いいですね、ご主人様! ホント、つれないんだから……」

 メドーが言い終わると、炎が消えていくような感じで、アイギスから放たれていた光が消えていった。


 カシーム、ハアとため息をついた。

 戦線への復帰には、およそ十分程度かかるだろう。

 カシームはかがみ込むと、右手を、右太股の傷に添えた。

「《回復ヒール》」

 ポウッと丸い魔法陣が現れる。

 傷口は、容易には塞がらない。元々カシームは魔法が得意ではないのだが、それが理由ではない。

 想像以上に、深々と切られていたのだ。

 この点に鑑みても、いまはやや間抜けな格好で石になってしまったこの相手は、恐るべき強敵だったことを、カシームは改めて感じた。

 少し時間をかけて右足の傷を治した後、カシームは最初に切られた左頬の浅い傷に手を当て、スッとそれを消した。

 いかなる時でも、身だしなみへの配慮は忘れない。

 これぞ、ダッダリアいちの色男の矜持。


  ◇◇◇


 ラインフォード邸の中庭では、相変わらず、勇者マシュー・クロムハートが一人で六人…いや六体の敵と対峙している。

 リーダーと思われる鬼の面を被った男、『葬夜ソウヤ』と、それぞれ異なる獲物を持ったリビング・デッドが五体。

 死人しびとである連中は、傷ついても平気で襲いかかってくる。それだけならまだしも、『葬夜ソウヤ』も、斬ってもダメージを与えられない相手であり、聖剣「クリムゾン・フェニックス」を頼りとして戦うマシューには、相性が悪い組み合わせであった。

 他方、『独立幻魔団』の方も――長いこと六体がかりで攻め続けているものの、マシューの巧みな剣さばき、ステップワークの前に、傷一つ負わせることができずにいた。

(ちっ……!)

 仮面の下で分からないが、『葬夜ソウヤ』の顔には、焦り、或いは苛立ちが滲んでいた。

 戦いは、一種の膠着状態に陥っていたのだ。


 その均衡が、崩れる時がやってきた。

 片腕の柳葉刀使いの横薙ぎを、後ろに飛んで躱したマシュー。着地する際――

「!」

 バランスを崩した。足元に、先ほど鎖鎌使いが壊した庭園の彫像の、やや大きな破片が転がっていた。それに躓いてしまったのだ。

(やべっ!)

 尻餅をついてしまったマシュー。その隙をついて、長刀使いが駆けよりざま、「ぐわあ”あ”!」と大声を上げながら、獲物を振り下ろす。

 くっと声を上げながら、聖剣を頭上にかざし、その一撃を防ごうとするマシュー。間に合うか――

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