3話 ケロケロケロ

★予告ケロ

 レオンは事件の報告書を書きながら、自分のデスクのモニターを弄っていた。監視カメラの映像をモニターにいくつも並べて、報告書に必要な情報を拡大しながら隅々まで確認していた。

 今、見ている映像は、星獄の砦のものだった。テロ組織のモルベリオスに連れて行かれた銀河姫を助けるため、レオンが乗り込んだ施設だ。当然、その監視カメラの映像には自分の姿が映っていた。


「変だな……」


 モニターに映った一人で天井の通気口を破壊し、ダクトに潜り込む自分の映像に、ぽつりと呟いた。一緒に行動していたはずのシャドウの姿がないと、レオンは目を疑った。それに通気口を破壊したのはシャドウのはずだった。その真実が塗り替えられている。

 妙だと思ったが、超技術的な機械やシステムを簡単に侵入するシャドウだ。それに指名手配犯でもある。証拠を残さないように、この監視映像にもシャドウが細工をしているのではないかと思った時だった。


「あらら、何が変なの?」


 ミウさんがコトッとレオンのデスクに湯気の立ったコップを置いて、声をかけてきた。レオンにコーヒーを入れてくれたようだ。今日も彼女の目はキラキラに輝いていた。レオンはコーヒーを手に取ると、軽く持ち上げてお礼を言った。


「コーヒー、ありがとうございます」


「いいのよ、自分のついでだしね。それにレオンくん疲れているでしょう」


「はは、やっと忙しくなってくれた感じですよ」


 ここ数日、自分のやりたかった仕事ができている気がしていた。レオンは照れ笑いしながら、コーヒーをすすった。体中が暖まる。そのまま二人で談笑していたとき、オフィスのドアが勢いよく開き、レオンの上司であるガン警部補がズカズカと入ってきた。


「招集だ! 会議室に全員来い!」


 それだけ声をかけると、さっさと会議室へと歩いていった。レオンはミウさんと顔を合わせた。


「今日も忙しくなりそうだ」


 残りのコーヒーを飲み干すと、レオンはモニターの電源を切って、会議室へと急いだ。


 会議室は360度モニターになっており、外の星々の映像がリアルタイムで流れている。部屋の中央には銀河の地図が浮かんでいる。その地図を先に来ていたガン警部補が回転や移動をさせて準備をしていた。


「失礼します」


 レオンは会釈しながら会議室の中に入ると、床から椅子が現れた。椅子は、部屋の周りに円形に配置されていく。レオンが椅子に座ると、顔や声を認識して、自分の名前や役職、所属する惑星や星系などの情報が地図の近くに表示された。


 人数が集まり、会議がはじまった。ガン警部補が中央の地図から資料を出すと、レオンの前にも同じ物が表示された。画像が添付されており、開くとガン警部補が送ってくれた生き物のデータが情報が出る。


 メタリックな色に、長い胴体。何百本もの触手に鋭い牙。おぞましいクリーチャーだ。この生物は、捕食と繁殖の本能のままに宇宙空間を徘徊する生き物である。意思も会話も通じず、ただ目の前のエネルギーをもつ生命をむさぼり食う恐ろしい存在だ。それをこの宇宙では害宙がいちゅうと呼んだ。


「害宙が大量発生している。星々の巡回には気をつけろ。できるだけワープ移動しろ」


 ガン警部補が注意喚起をすると、次の話題に移った。殺人、窃盗、銀河内で起きた事件の内容が読み上げられた。ガン警部補に指名された者たちが事件を担当する。レオンが呼ばれることはなく、今日も巡回かと心の中で残念に思った。


「あと、変な電話があったな。おい、保留中の電話をつなげ」


 ガン警部補がミウに命令すると、彼女は、中央の地図に手をかざした。回線が繋がって、会議室のモニターに電話画面が映し出された。その電話主の姿が映った。


 そこには、緑色の丸い体に、細長い手足を持つ二足歩行の生物が現れた。くりくりの黒い目と横に広がった大きな口がなんとも言えない間抜けな感じであった。レオンは地球の記録施設に生息する、カエルに似ていると思った。そのカエルがしゃべり始めた。


「どれだけ待たせるケロ。もうひどいケロ。ケケロ、気を取り直して僕は恐ろしい計画を立てているケロ。止めたければ、僕のところに来て話を聞くケロ。詳しい話は……」


 しゃべり始めたカエルに対して、ガン警部補は目を開いて、口をぽかんと開けた。彼は奇妙な星人に、驚きと戸惑いを感じていた。彼は近くの部下の肩を叩いて、ひそひそと声をかけた。


「俺の翻訳機が壊れているようだ。ケロケロ雑音が入る。おい、奴はなんと言っているのだ。教えてくれ」


「私も同じように聞こえます。おそらく翻訳機は正常です」


「なに? こいつはどこの星人だ? こんな奴始めてみたぞ」


「私にもわかりません」


 声をかけられた部下は、さじを投げたかのように手を広げた。


 その様子にカエルは口を膨らませて怒りだした。


「そこ、静かにするケロ! 僕の話を聞くケロ! ケロは僕の口癖だ、ケロ」


 カエルはぴょんぴょんと飛び跳ねて怒りを現す。だがその様子はかわいらしく、本当に恐ろしい計画を企んでいるのかと疑いたくなる。


「もう、いいケロ! 僕の計画内容は教えないケロ。とにかく、僕のとこに来ないと大変なことが起きるケロ!」


 機嫌を損なったカエルは、そう言い捨て、電話を切った。


 電話が切れた後は気まずい空気が流れた。カエルが一体何をしようとしているのか、怒らせてしまったことで、わからなくなってしまったのだ。

 しばらくの沈黙の後、ガン警部補は咳払いをすると、レオンの顔を見た。レオンは彼と目が会った瞬間、嫌な予感がした。


「その、アレだ。この件はお前に任せたぞ、レオン」


 その言葉で今日の会議は終了した。

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