第100話 敵前逃亡

 緊張の夜が開けて村の入口に住民と共にが集合した。

 中には眠れなかったのか、目が赤い人が多い。


「それでは出発しよう」


 村長の一言と共に避難が始まった。


 冒険者を先頭に住民が続く、そして更に殿を冒険者が努めている。

 カリナが先頭を努め、レアは殿を努めていた。


 後ろを警戒しつつ、避難行軍は続く。

 ふと、ミレアが前を見ると、先頭集団にレニスの家族が見えた。

 母親に支えられるように歩くレニスはチラチラと後ろを振り返っている。

 レアはそんなレニスと目が合った。

 いつもの笑顔はなく、不安そうな顔をする。

 母親が促すように、再び前を向くレニス。


「守らなくては……」


 レアは、自分を奮い立たせるようにつぶやくのだった。



 行軍は非常に遅かった。

 なにせ村のすべての住民が参加している上、村が辺境であるため、道もあまり整備されていない。


「暗い中をこれ以上進むと危険です」


 先頭を行くカリナの一言で今日は休むことになった。

 僅かな灯のもとに集まりつつ、持ち込んだ食料を口にする。

 硬いパンと干し肉はいつも以上にまずく感じた。


(ハル殿のご飯は美味しかったなぁ)


 そんなことを考えたレア。

 昨日からどうにもハルのことを考えてしまう。

 自分を助けてくれた少女がまた自分を助けてくれるのではないかとそんなことを無意識に期待しまっているのだろう。

 すぐに首を振る。

 ここにハルはいない、この中で一番ランクが高く強いのは自分なのだ。


「レアさん、交代です」


「あ、ああ、すぐに行く」


 仲間の冒険者の声に、不安を流し込むように食料を口にかきこむ。

 自分がどうにかしなければならないのだ。



 行軍2日目の朝、レアはカリナから衝撃の報告を聞いた。


「冒険者が二人、夜のうちに逃げたようです」


 一瞬固まってしまった。

 自由な冒険者と言えど、ルールがある。

 それは、法に反するものではないが、その後の評判に関わってくるようなものだ。

 今回で言うと、逃げた冒険者たちは、「村人を見捨てて逃げた者」と後ろ指を刺されることは間違いない。

 しかし、レアはため息を付いた。

 後ろにワドラゴンが迫っているのだ、自分の安全と今後の評判をかけてでも逃亡を選ぶのはしょうがないことかもしれない。

 それほどまでにドラゴンは脅威なのだ。


「そのまま進むしかないだろう」


 順調に進んでいれば、早馬は今日の昼過ぎには到着する。

 冒険者ギルドはすぐに助けを手配してくれるだろう。

 今日さえ乗り切ってしまえば、明日にはその助けと合流できるはずだ。

 多くの冒険者と北方都市からの兵士が自分たちを助けにきてくれるはず。

 そう思うしかない。

 今日さえ乗り切ってしまえば……

 レアは何かが起こりそうな予感、胸騒ぎを抑えつつ、2日目の行軍に入った。



 そして……


「魔物だ!!」


 自分と共に殿を務めていた冒険者が叫ぶ。

 釣られて後ろを見ると、砂埃に紛れた多くの魔物が迫ってくるのが見える。


「……食い止めるぞ! 村人を逃がすんだ!」


 そう叫んで、レアは迫ってくる魔物の群れに対峙するように立ち、風の魔剣を一閃する。

 魔剣から飛び出した刃が前の方にいた魔物を真っ二つにし、吹き飛ばす。


「勇気あるものは私に続け!」


 周りの冒険者に向かってそう叫ぶと、魔物の群れに向かって走り出した。



 魔物の襲来、それは、先頭で皆を牽引するカリナにもすぐに伝えられた。


「後は任せた、村人を逃がすんだ!」


 隣にいた冒険者に向かって叫ぶと、カリナは後方に向けて走り出した。

 本当は自分がそのまま牽引して逃がすのが正しかったのかもしれない。

 しかし、カリナはレアの元へ駆け出さずにはいられなかった。

 村人の横を駆け抜けていくレア。

 その様子を一人の少女が見ていた。



 魔物との戦いは優勢に進んでいた。

 幸いにも、迫ってきた魔物はウルフやゴブリンなどの弱い魔物が中心で、倒すことは容易だった。

 レアが持つ風の魔剣が強く、さらに怪我人が出ても、すぐにポーションで治すことができるがのが大きい。

 このままいけば、村人を逃がすことができるかもしれない。

 そんなことを思ってしまった。

 しかし、


 ガァアアアアアアア!!!!


 巨大な衝撃がレアを襲った。

 思わず、耳を塞いだ後に、それが音だったことに気がついた。

 そして、遠くから飛んでくる魔物が見えた。

 レアは耳を塞いだまま、思わず、呆然としてしまった。

 冒険者になってから数年、飛んでいる魔物は当然見たことがある。

 しかし、あの魔物は遠くににもいるにも関わらず、はっきりと姿を目視できる。

 あそこまで巨大な魔物は見たことがなかった。


「ドラゴン……」


 その飛んでいる魔物が件の魔物であることはすぐにわかった。

 あれが、北方都市に行ったら壊滅は免れないだろう。

 カリナ……すまない。

 レアは心の中で自分の相方に謝罪すると、覚悟を決めて、ドラゴンに向かって走りだす。

 そして、風の刃をドラゴンに向かって飛ばした。

 ハルに直してもらった魔剣、それは今までどんな魔物も一撃で真っ二つにしてきた。

 しかし、


「なっ!?」


 ドラゴンはそれを避けることもせずにただ受け止めた。

 実際は、ドラゴンはその翼で風を起こし、相殺させたのだがレアからはわからなかった。

 ジロリと睨むようにドラゴンがレアを見た。

 思わず、後退りしてしまうレア。

 そして、それに追い打ちをかけるように、ドラゴンは息を吸い込み。

 炎の球を吐き出した。


 炎の球は、レアと魔物たちの間に落ち、そしてそこで爆発をした。

 先程の咆哮以上の衝撃にレアは剣を地面に突き刺して耐える。

 衝撃が過ぎ去り、顔を見上げてみると、先程まで迫っていた魔物たちの姿はなく。

 あるのは地面に転がっている、魔物だったそれだけ。


 無意識のうちにレアは走りだしていた。

 周りには同じように駆け出す冒険者達。


「わあああああああああああ!!!」


 パニックになり誰もが叫んでいた。

 もしかしたら自分の声かもしれない。

 それすらわからないまま、ただ足を動かす。

 脅威から逃げなくては、あんなものに勝てるはずがない。

 少しでも早く、少しでも遠くへ。

 そうして、逃げるうち、レアはありえないものを見た。


 逃げる先にいる、カリナとそれを追ってこちらに走ってくる小さな影を。


「逃げろ!!!」


 叫んだ。

 カリナは呆然とした様子でドラゴンを見上げ、しかし、声に気がついたのか、レアを見て、自分も逃げるため振り返った。

 振り返ったカリナが目にしたのは、村で仲良くなった少女、レニスが自分に向かって走ってくる姿だった。


「どうして!」


 すぐにカリナはレニスに駆け寄る。


「どうして! 何しに来た!」


 どうしてレニスは家族と一緒にいないのか、逃げなかったのかわからない。

 問い詰めるようにしながらも、カリナはレニスをかかえる。


「お姉ちゃん達の荷物……レニスが預かって……それで……」


 抱えられたレニスは震えながら答えた。


「……!」


 思わず、絶句してしまったカリナはそのまま駆け出す。

 二人に追いついたレアは振り返り、ドラゴンを見上げた。

 ドラゴンは先程と同じように息を吸い込んでいる。

 炎の球を吐き出すつもりだ。

 今度こそ間違いなく、レアを狙っている、ドラゴンが睨んでいることから確信した。

 立ち止まり、魔剣を構える。

 先程はドラゴンに傷一つつけることができなかったが、炎の球を防ぐならできるかもしれない。

 炎の球が発射されると同時に、魔剣を振るったレア。

 しかし、魔剣からは何も出なかった。

 魔力切れという言葉が頭をよぎる。

 迫る炎の球はレアに直撃のコースだった。

 思わず、目をつぶったレア、来るだろう衝撃に身を構える。

 次の瞬間、来たのは衝撃ではなく、上からの爆発音だった。

 慌てて、目を開く、空にあった自分に迫る炎の球は見えず、上空には爆発したその残り火が散るように地面に吸い込まれている。

 そして、それをなしたであろう人影の姿を見る。

 その人物は何故か宙に浮いていて、自分と全く魔剣をだらりと構えている。


「ハル……どの……」


 最近できた友人がドラゴンと対峙していた。

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