第34話 ベランダの密会
家に帰った俺はそのままシャワーを浴び、冷蔵庫から作り置きのほうじ茶をグラスに注いでからソファーに座った。
「愛波……」
グラスを口に付けつつ、戸棚の上に飾ってある一枚の写真を見た。
「俺は――やれているのか? これでいいんだよな、教えてくれ愛波。俺は、俺は一体あと何人殺せばいい」
瞼を閉じれば今でもはっきりと思い出せる。
あの時、あの時の俺にもっと力があればあんな事にはならなかった。
あの日の事は一日たりとも忘れはしない。
俺の目的が果たされるまで、忘れる事は無いだろう。
「……暑いな」
湯上りで火照った体を冷ますため、窓を開けてベランダに出た。
ベランダからは月が良く見え、適度な冷たさの風が心地良い。
「ヴォイドさん?」
「……なんだ?」
ベランダの仕切り版の向こうから、佐藤さんの声が聞こえた。
「窓が開く音がしたので……声かけちゃいました」
「かまわん」
「あの、お願いがあるんですけど……」
仕切り版越しでもわかる、あの、佐藤さんのお願い上目遣い。
狙ってやっているんじゃないと思うけれど、あの目で見詰められるとどうにも目線が合わせ辛い。
「願い? 金や寿命の願いなら俺は力不足だ」
「違いますー。あの、私の事は祈って呼んで欲しいんです」
「なぜだ?」
「えっと……何か他人行儀というか、壁があるような気がして……」
「分かった。善処する」
「ありがとうございます!」
「だったらそっちも敬語じゃなくていいんだぞ」
「うぐ……頑張る……マス」
「フッ……」
「あー! 鼻で笑った!」
「笑っちゃいない」
「絶対笑いましたー! んもー!」
間の抜けたような声や怒ったような声色、佐藤さんはコロコロと感情が入れ替わる。
そしてよく笑う。
満点の笑顔は周りを明るくし、ひたむきな姿に自分も頑張ろうと思わせてくれる。
カリスマとはこういうのを言うんだろうか。
「それと――俺の名は重賀虎能充、コノミでいい」
「ふぇっ!? 良いんで……いいの!?」
「俺が祈と呼ぶんだ。ならばお前もコノミと呼ばなくては対等でないだろう?」
「う……わかった、コノ、ミ――」
「よろしく頼むぞ、祈」
「は、はぅ……ひゃい……」
仕切り版の向こうで祈が何やらぶつぶつ言っているが、内容までは聞き取れない。
きっと独り言だろう。
「それじゃあ祈、おやすみ」
「ほおぉう!? おやふみなひゃい!」
ベランダの扉を閉め、部屋の電気を消し、ベッドに体を預けた。
明日はどこのダンジョンへ行こうか、それとも午前中はアイテムの売却やら買い出しに当てるか。
頭の中でスケジュールを組み立てているうちに、意識は朦朧としていき、そのまま眠りに落ちて行った。
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