第30話

『天国のウドゥンへ、

 読まれない手紙に意味はあるのでしょうか。私が書くのもこれが最後になるでしょう。

 あなたがしきりに咳込むようになったと、従者に耳打ちしたのは私です。

 王宮に戻られた貴方は二度と姿を見せなかった。

 理由は知っています。お医者様が外出を許可しなかった。

 しばらくして、教会の鐘が一斉に鳴りだして、貴方の死を知りました。

 なぜか私は悲しくも寂しくもなかった。代わりに、命とは何かと、考えることが多くなりました。

 人間一人にひとつの命がある。だけどそれだけじゃなくて、その人の周りにいる人間や生き物が有機的につながって緩やかに形作られた大きな命もあると思うようにんりました。それは個人の命を内包しつつも個ではなく、個の命を失ってもしばらくは貴方の匂いを残しているのです。

 だから、貴方がまだどこかに、手を伸ばせば近くにいるような、そんな名残を感じます。

 でもきっと今ごろは、大いなる神の愛に包まれて、いいえ、神をさえ包む、大いなる命の一部となっていることでしょう。

 こんなことを書き残したら不信心者だと謗られることでしょう。

 あとで燃やさなくてはいけませんね。

 ところで、国王陛下は後継者を授かり、貴方が残した編纂事業も順調です。直接伝えに行きたいけれど、医者によると私は健康で、あと30年は長生きするんですって。

 長いわね。これから、どうしようかしら。市場の用心棒になるか、選挙に出るか、お屋敷を売って世界中を旅するのもいいわね。

 未練がましいことを書くのはもうやめます。命が私を手放すまで生き抜きます。いつかまた会いましょう、愛しい貴方へ。ソーキより』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手と紙と毒 あかいかかぽ @penguinya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ