軍事局大陸軍騎兵隊

「次、ガルディウス!」

そろそろか。と予期していた俺は、予想通りの教官の声を合図に、訓練用の兜を被り前に歩み出た。

「相手はガトー、前へ!」

ガトーは名を呼ばれると一瞬身を固くしたが、すぐに気を取り直して目に力を込めて前に歩み出る。

ルディー優しくしてやれー、ガトー気張れよ―などと、周囲から思い思いのヤジが飛ぶ。


ロングソードを振って重さを体に馴染ませる。鼓動が早くなっているのがわかる。肩を引くようにして胸を逸らせ目いっぱい息を吸ったあと、フッ、フッ、フーっと三度に分けて息を吐ききり目を閉じた。目は閉じたまま胸の前でロングソードを構え、合図を待つ。


相手は三下だ。負けるわけがない。


「はじめ!」

の言葉で目を開けると同時に一歩踏み出し、胴体を狙って剣を薙ぐ。相手は体をねじるようにして切っ先を下に向けると斬撃を剣の腹で受け、俺の剣を跳ね上げる。

そのまま袈裟切りに向かってきたので外側から剣を思い切り叩いてやると、案の定重さに耐えきれずバランスを崩し横っ腹ががら空きになった。そこを撫でるようにして剣を当ててやる。

「やめ!」

俺とガトーは礼をすると立ち位置を入れ替えて始めの合図を待つ。


「はじめ!」

次に打ち込んできたのはガトーだった。そう来ると思っていたので一歩後ろずさって避けるが、それを読んでいたのかフェンシングの突きの要領で前足に体重をかけさらに深く切り込んでくる。

おっ。と感心し、剣の根元でそれを受けて剣を寝かせ、ガトーの剣を巻き込むようにして手首を返して下から思い切り切り上げる。

ガリッとブレードがこすりあう音がし、ガトーの剣が宙を舞った。観衆が沸く。


最後の仕切り直し。

合図のあと俺もガトーもはじめは踏み込まず間合いを取る。ガトーの目を見るとだいぶ頭に血が上っているようだったので、構えを崩して誘ってやった。

…ほら、切り込んで来いよ。

こちらの挑発にやすやすと乗ってきたガトーは右に左にと剣を振るが、俺はそのことごとくをいなし、受け、払っていく。

剣戟の音が一度、二度、と響くほどに自分が戦いに没頭していくのがわかる。剣先の動きの一つ一つ、次にどこを狙ってくるのかがスローモーションのように見えてくる。だから、


「かすりもしねえよ」口の中でつぶやくと、正面から切り下ろそうとしているガトーの小手を蹴り払い、がら空きになった脳天に一本お見舞いしてやった。

「そこまで、勝者ガルディウス!

…各自いったん休憩!」

教官の声に兜を外して礼をすると、ガトーがこちらに近寄ってくる。


「ガルディウスさん、お相手いただきありがとうございました。もう少し粘れるかと思ったんですが、全然でした」

「おうお疲れ。ガトー、お前切りあってるときに熱くなるなよ。

あと、剣を払われたときにバランス崩しすぎだからもっと腹筋鍛えろ。基本的に体は自分の力に逆らってくる力よりも、自分の力に乗っかってくる力に弱い。常に、乗っかられたときに耐えられるようにどっかで意識しといた方がいい。

でも、二本目の踏み込みは悪くなかったぜ」

「おっつー。ルディ、もうちょっと手加減してやれって」

と、黒い長髪を結びなおしながら友人のジャンがやって来て俺たちに水を手渡してくれる。ガトーは恐縮してそれを受け取った。

「お前それ戦場で敵にも言うつもりか?」

「お゛っえ゛ー。流石ルディ、騎士の鑑のカタブツ」

「うるせえよ。第一小隊イチの俗物に言われたくねえっつの」

俺たちのやり取りを苦笑しながらガトーが見守っている。ジャンと俺は同期入隊で下積みからずっと一緒だったこともあり気の置けない仲だ。

「第一小隊といえば、今の隊員は過去に類を見ない精鋭ぞろいだって噂になってるみたいですね。次期北方遠征軍も第一小隊からの選抜が多くなるんじゃないかって話ですよ」


このマスタンドレア王国の王城は国土北寄りにある霊峰トレムリエ山を背後に背負うようにして建てられており、それ故に過去百年以上に渡り落城したことが無く天然の要塞と評されている。その王城の麓にあるのが俺たちが住んでいるこの王都だ。


その王都からトレムリエ山を挟んでちょうど裏側にあるのが北方と呼ばれる領土だ。こちらは王都とは打って変わって周囲を敵国に囲まれており、常に国境をめぐった戦闘が行われている。加えて、常にトレムリエ山から拭き下ろす冷たい風にさらされるため、作物も育たない極寒の地であるという。

この北方の平定が、マスタンドレア王国最大の懸案事項である。現在の遠征軍の任期終了が来年に迫ったため、次期遠征軍の編成が始まろうとしていた。


「そうか。腕が鳴るな。早く選抜が始まりゃいいのに」俺は笑みをこらえきれずに言う。

「ガルディウスさんもジャンさんも、もう確定しているようなものでしょう」

「いやあ俺はどうか分かんないぜ。俗物だし」

「お前は俺が推薦して連れてくさ。お前がいないと早朝訓練の相手がいなくなって困る」

「げ。お前、雪国行ってまでアレやるつもり?俺、あったかーい布団の中で女の子とぬくぬくしてたいんだけど」

「…早朝訓練?」

ガトーが耳馴染みのない言葉を聞いて首を傾げた。

「そうそう。聞いてよガトーちゃん。コイツ、朝の五時から人のこと叩き起こして、素振りだの切り返しの練習につき合わせるのよ。鬼じゃない?俺いちおう嫁も子もいるんだけど」

「…北方平定のためだろ。北が安全になればこの王都はもっと治安も良くなるし繫栄する。騎士たるもの、愛する国と愛する人のために日々研鑽するのが務めだ」

「それを心の底から本心で言えるのがマジですごいと思うわ」

「じゃあ、ガルディウスさんのご両親は侯爵家なのに北方遠征に賛同してくださっているんですか?素晴らしい、ご立派なお志をお持ちなんですね。僕の家はなかなか説得が大変で」

「いや、俺んところは兄貴が超絶優秀だから俺がふらふらしてても許されるだけ。兄貴のところにはもう息子も娘も生まれてるし。そうか、ガトーは長男だもんな」

「ええ…。男爵家の末席ですから、家系を気にするような血筋でもないんですけどね。頭の古い両親で」


この国は俺たちの祖母の時代に現国王であるサリム国王がその座について以降貴族への特権制度は廃止されているため、貴族といっても現状は『幼いころから教養をたたきこまれるため要職に就きやすく、顔と屋敷が広いのでよくパーティーを開く人たち』という程度の身分でしかない。貴族たちも平民同様に職に就き、税を納めている。もちろん制度改革の際には貴族から王族への強い反感があったらしいが、サリム国王はそれらを相当血生臭い手段も使って抑え込んだとか。


そのため制度改革以前のように、特権を守るために家を存続させるという必要はもう無いのだが、貴族という血が持つ本能がそうさせるのか、未だに血筋が途絶えることを嫌う風習があった。長男は戦争に出さない、子供には幼少から婚約者を付けて早々に結婚させる、その婚約を神聖視していてわざわざ国王に承認をさせる、などなど。俺とレティシアが婚約することになったのもその風習が一因だ。


「あー。普段一緒にいると全然貴族っぽくないからいつも忘れるんだけど、そういえばお前ら、貴族サマか。そうだったな」

「ジャンさん、侯爵家と男爵家では箔が違うので一緒にしないでください。侯爵家は国王家の外縁、尊い血筋の方々ですから」

平民出身であるジャンが少しの尊敬の念も込めずに言うと、ガトーはバカ丁寧に否定する。『尊い血筋』と聞いてジャンと顔を見合わせて苦笑いしてしまう。ガトーの家の教育はだいぶ前時代的で、サリム国王の考えとは真逆のようだ。


俺はサリム国王の若い頃に生き写しらしく、一族の中でもとても可愛がってもらっている。なので、大きな声では言えないがあの人のことは内心『おっちゃん』と呼んでいた。おっちゃんはいつも国を動かすのは血筋ではなく知性だと言い聞かせてくれた。だからガルディウス、「ド・マレー」の家名が無くとも人々に慕われる人になれ、と。


休憩終わり、集合!という号令に話を切り上げると、俺たちは教官のもとに向かう。


「お、次、格闘訓練じゃん。尊い血筋のガルディウス様を無様に投げ飛ばすのはさぞ気持ちがよさそうだ」

「そうやって油断してると俺に締め技でオトされるぜ」

「言ったな?」

軽く言ったが、格闘訓練でジャンに勝てたことはこれまでに一度もなかった。今日こそは絶対に一本取る。と、俺は自分を鼓舞した。

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