狭間のクローバー
百の桃
本編
放課後の校内。用事が終わって帰るところで彼女に出会った。外の風が吹き通る渡り廊下で、彼女は両手の指を突き合わせて三角形を作り出していた。
「なにしてるの?」
その三角形を覗く彼女に聞いた。
「狭間を作ってるの」
「狭間?」
「そう、狭間。お城とかによくあるやつ。鉄砲とかで攻撃するための穴のこと。」
修学旅行で行った姫路城で見た気がする。
「はぁ。それで?」
「攻撃してるの。自分を守るために」
そう言う彼女の髪の毛は風に吹かれていた。
「見てみなよ。あそこ。四葉のクローバー見つけたみたいでさ、笑い合ってるでしょ?」
彼女に言われてそちらを見ると、確かに笑い合っている男女がいた。
「なんか幼いね」
僕は呟いた。
「四葉探しが?」
「うん」
そう言うと彼女は少しむくれた表情をした。
「私は探す行為自体は別にいいと思うけど」
「へぇ。その四葉カップルを攻撃してるのに?」
「それとこれとは別よ」
「何が別なの?」
春に遡る。新学期でクラスが変わった中、彼女はクラスから浮いていた。先ほどの行動を見れば一目瞭然だろう。そして彼女はクラスの主な女子から強い風当たりを受けていた。その風に流された彼女はひとりだった。
僕は彼女のようにクラスで浮くのは嫌だったけど、僕も周りに流されて同調するのも嫌だった。だから彼女を避けるような関わり方はしなかった。現に彼女とは時々喋るような仲である。そして、彼女が狭間から攻撃していた女子はまた、彼女を排斥していた人物であった。
「そういえば四葉にお願い事した?君のじゃないけど」
「したよ。私のじゃないけど」
そこで彼女はくすっと笑った。なんてお願いしたの?と聞くと、「別れますように」と答えた。
「あのカップルが羨ましいの?」
「別にそういうわけじゃないけど、別れることは不幸なことでしょ?」
「ふーん」
太陽が沈みかけていた。
翌日の朝。僕が自転車で河川敷を通っていた時、また彼女に出会った。部活に行く途中だったのだが、余裕があったので彼女に声をかけることにした。
僕の視界に彼女が入った時、彼女は地面に向かって目を凝らしていた。僕が坂を降りて声をかけると、ちょっぴり驚いたようにビクッと身体を揺らして振り返る。「なんだぁ」とため息をついた彼女は、四葉のクローバーを探していたようだった。
「四葉探しね〜」
「そうですけどなにか?」
「別にいいんじゃない?四葉は見つかった?」
そう言うと彼女は首を振って、「全然」と答えた。
僕はふと足元を見る。そして何も無かったかのように僕は河川敷の坂を登った。自転車のカゴに入れてあった鞄から本を取り出すと、彼女の元へ戻った。本をぱらぱらと捲ると中から栞が出てくる。その栞を彼女に見せた。
「四葉じゃん!」
「小学校の時かな。たまたま見つけて押し花にしたんだ」
「へー。ウラヤマシー」
「羨ましい?」
僕はそう言うと彼女に栞を手渡した。
「ちょっと持ってて」
僕は昨日の彼女のように手を重ねて三角形を作った。そして三角形越しに四葉を見つめた。
「なんでみんな四葉を探すんだろう。三葉からすれば異物なのに」
そう言うと彼女は言った。
「三葉は人間じゃないからじゃない?」
朝の涼しい風が吹く。
「じゃあ君は四葉なんだね」
僕は足元にあった四葉を千切ると、彼女に渡した。
「じゃあ君はなんだろね」
彼女はぽつり呟いた。
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