初めての口付け

うらの陽子

赤い瞳に魅せられて

 夕暮れのお城の一角。赤く染まる白い壁を背に、私はその夕焼けよりももっと赤い髪と瞳を持つ彼に優しく頬を撫でられていた。

「ねぇ、フローラル。とても綺麗」

 私よりも2つ下の半分血の繋がったこの弟は私を求めて手を伸ばす。この手を取ればどうなるのか、私には分かっているのに、彼のこの手を振り解けない自分がいた。

「ハリー、ちょっと待って、お願い」

「嫌だ、フローラルはそう言っていつも逃げるだろ。今日は、今日こそは拒否しないで欲しい」

 ハリーの赤い瞳が濡れて揺れている。

ー綺麗。宝石みたい。

 思わず、その瞳に魅入られる。離れなければいけない。そう思っても、どうしても離れられない。いずれ私は国のために結婚しなけらばならない。その時まで純潔を守る必要がある。

「ハリー、ダメよ。私たちは血が繋がった兄弟なの。それに、私は国のためになる結婚をしなければいけないわ。それまで、私は私を守らなければ」

「他の人にフローラルティアを渡したくないよ。僕から父上にお願いする。絶対に僕がフローラルティアも守って、この国も守る。だから、ね」

 ハリーの必死さが伝わってくる。今までこうやって迫られてもなんだかんだと言って逃げてきた。物理的に距離をとろうと、母上の実家に逃げたこともあったけれど、そこまで追いかけてきて、危うく醜聞になりかけて、それはもうやめた。ハリーは父上が許してくれると思っているみたいだけど、それは絶対にない。ここでこうしていることも多分父上は薄々気づいている。それでも見逃してくれているのは何故なのか。

 私は父の思惑がわからず怖かった。

「ねぇ、フローラル、お願いだよ。口付けだけでもさせてくれ。そうしたらきっと明日も頑張れる」

 ハリーは暗に口付けしてくれないと明日からストライキするって言っているのだ。もうすぐ十七歳になるというのに、そんな子供じみたことを言う弟にため息が出る。

「ねぇ、明日は僕の誕生日だよ。お願いだよ」

 それでも、彼が瞳を潤ませてお願いしてくると大抵のことは許してしまうのだ。私は軽く頷いた。

「少しだけよ。誕生日プレゼントだから」

 私は誰の目からも逃れるように結界魔法を私たち二人の周りにかける。何も変わってはいないように見えるけれど、この結界の外から私たちを見ることはできない。

 ハリーが満面の笑みで私を抱きしめる。優しく頭を撫でられ、頬にまた手が添えられた。ハリーの手はものすごく熱かった。

 私は瞳を閉じる。ハリーが小さな声で囁く。

「フローラルティア、目を開けて、僕を見て」

 私は閉じていた目をゆっくりと開ける。至近距離にハリーの瞳があった。血の色と同じ赤。燃えているようにも見える。私はこの赤い瞳に逆らえない。

 互いに見つめ合いながら、優しく唇が触れる。

 初めての口付け。

ーハリーも初めてならいい。

 私はその日初めての口付けをハリーに許してしまった。

 人の欲は尽きないのに、一つ叶えば次を求められるようになる。分かっていたはずなのに。

 ハリーが私に囚われているように、私もまたハリーに囚われているのだろう。

 父王の顔と母上たちの顔が浮かぶ。

 私は心の中で家族に呟いた。

ー父上、母上方、申し訳ありません。私たち二人の関係を止めることはできないかもしれません。

 

 その二年後、私は結局城を出て行くことになった。

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初めての口付け うらの陽子 @yoko-ok

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