外伝3 震と巽

「焼き鳥は好きか?」


「好きだよ。」


「じゃあ一つサービスしてやろう。」


「やったー!」


 今はとある祭りの最中、祭りとはいっても定期的に行われる地域の祭りってだけで、来るのは此処等に住む子供やおじいちゃんやおばあちゃん達。中間層は比較的少ない様に見える。でも、彼等もまた年を取ると此処に出てくるんだろうなと思うと、いくらおじいちゃんに囲まれ営業を任されようとも、何の苦でも無いように思えた。


「いらっしゃい、何箱いります?」


「三箱で。」


「三百円です。毎度あり。」


隣に並べてある焼き鳥のパックを三つ袋に入れると、お代を受け取り袋交換する。


「どうもありがとう。」


そう言って笑顔で店を出ていくお姉さん。地元でよく見掛ける制服を着ている為、此処の中学生なんだろう。にしては凄くはきはきした子だ。俺はつい彼女を目で追ってしまった。


「おい真ちゃん、焼き鳥くれやい。」


「駄目ですよ、一応売り物何ですから。」


「良いじゃねぇかよぉ。」


「ベロベロじゃないですか。」


「そうなんだよぉ、」


出店の裏では、大人達の好き放題だ。数人でお酒を交わしあい、その殆どは、自分で出店を開いておきながらサボりに来ているおじいちゃんであった。


「何時からこんな溜まり場に…。」


「あ、真ちゃん客来てるよ。」


「あぁ、ほんとだ。」


店に立つと目の前に並ぶのはまたおじいちゃん。


「いらっしゃい、何箱いります?」


「焼き鳥は要らんわい。」


「え?」


「焼き鳥は要らん。お誘いじゃ。」


と彼は一枚のビラを見せてきた。正直、俺はもっと凄いお誘いを期待してたんだけど、実際はかなり小規模なお誘いで、要するに明日この祭りの醍醐味であるカラオケ大会に出ろという事だった。この時ばかりは、周りの騒音問題は一切承知とし、好きなだけ歌えるというのがキャッチコピーらしいが、そもそもそんなに人前で歌う事は好きではない。


「いいよ俺は。」


「そんな寂しい事言うなよ、今年は参加者が少なくて困ってる。」


「そうかもしれないけど…。」


「まぁ考えてみても良いんじゃねぇか?おめぇさん、昔バンドやってたろ。」


「もう昔の事です。」


「人に貶された、だったっけ?そんなもんが何になるってんだ。」


「…。」


「このビラはお前にやるさいな。どうせこんなに小さな祭りだ、誰も貶しやしないよ。何なら俺も歌ってやろうか?」


「いや、結構です。」


「ハハ、じゃあ元気出せよ。」


と肩をポンと叩かれた。


「真ちゃん、焼き鳥くれー、」


「だから売り物ですって。」


ちょっとは考え直してみても良いかもな、と手元の焼き鳥をひっくり返しては考える。


「真ちゃん、お前の歌、何処の誰が何を言ったかは知らんが、俺は嫌いじゃないぞ。」


「…、何言ってんだだよ。」


ちょっと歌ってみようかな。ちょっとだけ、やってみようかな。もう一度、調子に乗ってみても良いかもしれない。ちょっとだけね。


「って事で、焼き鳥、」


「駄目だよ親父。」




 翌日、俺はちょっと派手目な衣装で出店に立っていた。


「おう、やる気出たんか。」


「…まぁな。」


「良かったじゃねぇか。焼き鳥二箱くれ。」


「毎度あり。」


「で、その一個を親父さんに。」


「え、」


「ありがとよー。」


と後ろで親父が両手を上げて喜んでいる。


「アッハッハ、あんたの親父さんいつの間に子供になったんだ?」


「昔から子供ですよ。」


「アハ、そうだったな?」


と会話している最中にも、舞台の準備は行われている。少しずつ実感していく緊張は、こんなおじさんだらけの会話だけじゃ解れなかった。


「お兄ちゃん、舞台出るの?」


振り返ると、小さな男の子達が少人数の群れを作って目を輝かせている。


「お、おう…。」


「撮っといてあげようか?」


「え、なんで?」


「だって記念でしょ?」


と答えた少年は、俺の心のハードルを無意識に上げていく。


「じゃあ、お願いするわ。」


「オッケー!」


俺は照れ臭紛れに少年の帽子をとって被り、「記念だから。」と理屈に沿わない言い訳をした。


 さっきの少年達が宣伝に回ったのか、もう組み立てられたステージの前には沢山の地域の人達が集まっていた。久しぶりのこの感覚。たかが人の曲のカラオケだし、緊張を共有できるメンバーもいない。まぁそのメンバーの仲間割れのおかげで、解散が起きたという思い出もあるのだけれど。まぁそんな事は投げ捨てて、俺はステージに歩を進めていく。マイクを手にし、ステージのカーテンから自身の姿を出した時、大きな歓声が上がった。


「真介ー!」


「よっ真ちゃん!」


一番手前には親父と一緒に飲んでいたおじいちゃん達。肝心の親父は、出店の影にいる。


「じゃあ、歌います。」


そうマイクを構えた時、ステージの後ろからドタバタと音がした。


「ちょっと待ったぁぁ‼︎」


「おい真、何一人で盛り上がらせてんねん。」


「俺らも一緒にやったるで!」


そう言って俺の肩を持ったのは、俺が昔組んでいたバンドのメンバーだった。


「え、なんでお前ら…。」


「呼ばれたんだよぉお前の親父に。」


「え、親父⁉︎」


「まぁ解散から二年?何にも考えずに、久しぶりに盛りあがろうじゃ無いの。」


「…お、おう。」


「元気はどしたぁ!」


「おう!やるか‼︎」


そうして俺らは自分達の曲を歌い、カラオケ大会を見事に単独ライブへと乗っ取った。


 後片付けの時、何人もの人達に良かったよと言われた事か。嬉しさ紛れに鼻歌でも歌って引き続きステージを片付けていると、ふと脇に挟んでいたペットボトルの中身が機材の上に飛び出してしまった。


「あぁ、あやばい。」


と咄嗟に手を伸ばすと、指先に冷たい感覚が伝わった途端、これまでに無い衝撃が全身に走り、俺は気を吸い取られた。












 今日こそは失敗する訳にはいかない。此処で失敗してしまっては、折角のお稽古代がすっ飛んでしまう。


「ちゃんとするのよ、市長さんがいらっしゃってるんだから。」


と私の着物を整える旅館の女将さんは、何度も何度も私に気合を入れてくる。本人はもっと緊張しなさいと言っている様だけど、そんな事をされずとも私の緊張はマックスに達していた。私が舞妓さんになると決めたのはつい最近の事である。元々京都に住んでいたのもあって、伝統文化と深く関わるうちに、何故か舞妓さんに目が入ったのだ。飽きっぽい私は色々な職を周り、とうとう正社員という道を失った時だったから、ある意味血迷ったのかもしれない。でも行動力だけは失うまいと、私は着物の買ったし舞妓さんになる為の稽古も受けた。踊りから作法まで全てを学んだつもりの私に待っていたのは、何故か市長が出席する大事イベントであった。


「なんで私なの?」


「予定が空いてる人がいなかったのよ。」


「でも自信ないよ。」


「大丈夫、貴女なら出来る。」


「そういう見せ掛けなら、出来るけどね。」


「そんな事言わないの。」


と親子みたいな会話をしていく内に、どんどん時間は迫って来た。


「唯無理はしないでね、しんどくなったら帰って来なさい。貴女心臓弱いんだから。」


そう。私は心臓が弱い。急に動悸が起きたり、変な圧迫感があったり、目眩が起きたり。精神面では最高だと思っていても、思わぬ事例が引き金となって症状が現れる時もある。緊張状態というのは特に危険で、何時、どういった体調の変化が起こるか分からない。それを分かってて、この人は私を前に出した。


「しんどくなったら、ほんまに帰ってくるからね。」


「そうし。幾ら市長とは言え、遠慮はせんで良いからね。」


ポンポンと最後に肩を叩かれると、それは支度が終わったという事を示し、私は舞台に上がらなければならなかった。




 舞台はまさに完璧。程よい緊張の抜き具合により、私は満点とも言える芸,踊りを届ける事が出来た。その達成感は、舞台を捌けてなお心に残り続けた。でも、何故だろう。達成感と共に全身に迸る解放感や疲労感に紛れて、頭痛がしてくる。


「佳奈ちゃん、舞台袖から見てたけど、めっちゃ良かったで?…あれ、佳奈ちゃん?佳奈ちゃん!?」


なんでだろう。凄く楽しいのに。今までみたいにしんどい訳じゃないのに、足が自然と崩れ落ちる。


「どしたんや!?」


「女将さん…、」


「なんや、?」


私はほぼ意識がない。適当に口を開いてみると、意外と喉が動くだけだった。


「舞妓が一番、楽しかったわ。」

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