第十二話 農業始めました

「朝御飯何にしようか。」


「魚は健康に良いって聞きますよ。」


「魚はカン君の得意料理だよ。カン君が悲しむ。」


「じゃあ鹿…。」


「あ、良いネェ。」


鹿、ごめん。丁度目に入ったんだ。目の前にいたから反射的に口に出してしまった。


「やっぱり止めてください!」


「え?何デ?」


「米!米にしましょう。」


「米?何そレ、美味しいの?」


「美味しいです。作るのに半年かかりますけど。」


「半年!?何そレ!!今食べれないじゃン!?」


「大丈夫です。」


作り方は知っている。昔は兄と両親が働いて家を空けている時に畑で遊んでいた。でもその遊びは幼稚園の頃にとっくに飽きてしまい、せっかく畑を持っているんだから何か有効的に使おうと、畑を田に変え兄の独学に加え近所のおじさんやおばさん達の協力の元米を作ったのだ。兄の独学と言っても図書館の本から得られる情報はあまり役に立たず、結果的にはおじさんやおばさん達の知恵を頼りに作った米だけど、我ながら凄く美味しかった。米農家を開こうかと兄は冗談で笑っていたけど、僕は本気でそうしたいと思っていた。次第に借り物だった鍬や鋤も自分達の物に代わり、僕らの米作りは六年くらい続いたと思う。両親の死をきっかけに米作りはパタリと止めてしまったけど、どの様に米を育てるかは今でも身体が覚えている。


「ちょっと、広めの平らな土地ってありますかね。」


「広めで平らカ…よし、作った方が早イ。」


流石八卦、流石コンさん、僅か十秒もせずに要望にぴったり応えた場所を用意する。


「じゃあ次は田起こしなんですけど、鍬とかはないですよね…。」


「どういう仕組みの作業なノ?」


「下の方の湿った土を掘り起こして、上の乾いた土と入れ換えるんです。土を柔らかくするっていう目的なんですけど、柔らかすぎても駄目なので、注意してください。それと、この範囲を囲む枠組みの土を強く固めると、水田の水が流れ出さずにすむのでそれも宜しくお願いします。」


「成る程…こうかナ?」


地面がみるみる動いていく。土は僕の言った通り下の土と上の土が入れ換わり、その作業は綺麗でムラがなかった。


「凄い!あってます!人間ならこれで一週間は過ぎますよ。」


「エ、そんなにかかるんダ。」


本当は、基肥という稲に必要な栄養を土に加える「田すき」をするのだけれど、天然な土ほど栄養が高い物はないというおばさんの知恵のを信じて省略することにする。


 と途中で、後ろから声がする。


「おいお前ら、何やってんだよ。」


「朝御飯が遅いと思ったら、本当に何をしているんです?」


「お米を作ってるんだっテ。」


「え、あの米を!?凄いじゃないですか!」


「カンは知ってるのか?」


「はい。あれですよね、田と言う所で育てる人間の代表的な主食です。一度倉庫らしき所から"種籾"と言うのを拝借して自分で育ててみようと思ったのですが、どうも上手くいかなくてですね、諦めてしまいました。」


「その種籾、まだ余ってますか?」


「はい、ありますよ。」


「お願いします。使わせて下さい!」


「了解です。持ってきますね。」


危なかった。種のことを一切忘れていた。カンさんのおかげで助かった。


「じゃあ次は、種籾の消毒なんですけど、薬液とかは無いですよね…。」


「無いな。」


「ですよね…じゃあいっか。次は此処に水を張ります。」


「カンーおいデー。」


こき使っているようで申し訳無く思っていたら、カンさんは僕が思った以上に楽しそうで良かった。


「此処の枠の中に張るんですね?」


「はい、お願いします。七割位で充分だと思います。」


「了解です!」


カンさんが田に水を流していく。


「次は代かきです。普通は上からまた鍬などで叩いて土と水を絡ませ柔らかくしていくんですけど、出来ますかね。」


「任せんさイ。」


「じゃあ次は…」


 そんな感じで米作りを始めた僕らは、八卦の力のおかげで夕方には稲が育つのを待つだけの状態になった。特に助かったのはカンさんの力で、水分量を操れるから乾燥も容易い。何で今まで農業を勧めなかったんだろうと不思議な位、自然を操れる力は農業向きだ。唯、水分量を操れるのは今初めて知ったんだけど、それって人体の水分量も操れるのかな。もしそうだとしたら凄く恐ろしい力なんだけど。


「結局今日は何も食べてないな。」


「あ、そうでした。すいません今からとってきましょうか。」


「いや、大丈夫です。お米の作り方を教えてくださったお礼とはいっても何ですが、僕が魚をとってきましょう。貴方達は待っていてください。」


「カンさんの得意料理!」


「なんですかそれ。」


「コンさんが言ってました。」


「…後で煩いと伝えておいてください。」




 時は早くも半年になり、余りの急展開に読者がついていけてない可能性があるが、兎に角あれから半年の間特に何も大きな事件は起こらなかったのである。僕は相変わらず元の世界に帰れてないし、農業の方は皆定着している。向こうでは半年かかる作業が此処ではその1/3程の月日で済んでしまうのだからもう食べ物には困らない。僕は何時も通り、皆で食卓を囲い昼食をとっていた。とその時、玄関を叩く音がした。


「おい、珍しいな。お前らが畑なんか作って。」


「畑じゃないですよ、田んぼです。」


「カン。此処にいたのか。お前ん家行っても家は焼けっぱだしカンはいないし此処に来てみたんだけど、元気そうで何よりだ。」


「アハハ、照葉君の言う通り、八卦の皆さんは心配性が多いですね。」


「ん?少年もいるのか?」


「僕なら此処にいますよ。」


そう言って玄関の方へ行くと、いつもと変わらないイヌイさんがいた。


「そうだ少年、今度一緒に海へ行ってみないか。」


「海ですか、良いじゃないですか。皆で行きましょうよ。」


「海?連れていってくれるのか?って…誰だこの人?」


「初めまして、イヌイです。」


「えっあの飛べる人間の?」


「(あぁあぁ言わないで下さい、秘密にしておく筈だったんで。)」


「(なんでだ?)」


「まぁまぁ、君はゴン君でしょ?カンから聞いているよ。今、一緒に海に行こうかっていう話をしてたんだけど、行くかい?」


「行く行く、兄貴も行くよなぁ?海。」


「僕は良いよ。皆で行っておいで。」


コンさんは玄関の方に出てこようとしない。何かあったのかなと様子を見に行くも、特に何もなく寝転がっていた。


「行かなくて良いんですか?」


「うん。僕は家でゆっくりしておくよ。」


「…でも、」


「まぁ良いじゃないか、行ける人だけで行こう。」


せめてイヌイさんにあって欲しいと思い連れていこうとするも、足が痺れただのお腹が痛いだのと言って立ち上がろうともしない。


「じゃあまた今度迎えに来るから。」


と言ってイヌイさんは何処かへ行ってしまった。もしかしてコンさんもイヌイさんを知っているのかな。気まずい関係、とか?いやでもこんなにコンさんの側にいて四六時中話しているのに、一切話題にあがらなかったんだからそんな筈は無いと思う。兎に角久しぶりの海は楽しみだ。今更だけど、僕は今修学旅行の途中だったんだという事を思い出した。

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