第九話 火遊び厳禁
「照葉君!!」
まだ赤毛の人がいるかもしれないと、恐る恐るカンさんの玄関を叩いてみれば、今にも泣きそうになったカンさんが飛んできた。
「無事だったんだネ!」
「良かったぁ。何処行ってたんだよ、心配させんなよ。」
コンさんとゴンさんも走って玄関まで迎えに来てくれた。
「いや、逃げてたらちょっと道に迷っちゃって。」
「なら無線を繋いでくださいって言ったのに!」
「あ、ほんとだ。」
「全くもう!」
そこまで怒られる事かなと思ったが、そういえばこの世界では人間の命なんて一瞬で消えるんだったと思い返すと、怒られるのも仕方がない。一応夕飯も用意してくれたのだが、疲れていてそれどころではない。何せさっきの浮遊感がまだ残っていて食べても吐いてしまう可能性が大いにある。そんな訳で三人には謝り倒して寝ることにした。
翌日、僕らは昨日食べるはずの夕飯を朝食として食べた。
「それで、昨日のバスの件はどうなったんですか?」
「あぁ、それなら大丈夫だったヨ。僕らが倒した木があったのは確かだけど、ちょっと可笑しな点があってネ。普通上から降ってきた木が原因なら、バスの上に木が乗るはずなんダ。回転するなかで下敷きになったとしても、あんなに長い木じゃ横に下敷きになるならまだしも垂直に下敷きになることなんてなイ。つまり僕らが木を倒した後に、バスの事故が起こったって事ダヨ。」
「そうだったんですか。」
それを聞いて少しほっとした自分がいた。カンさんと始めて出会ったあの時、コンさんらの所為でバスの事故が起きたと聞かせれ、恨みを覚えなかったのかというとそうではない。しっかり恨んで仕舞ったし、心の奥底で二人を責めていた。しかし助けてくれたのも事実で、これ以上ないおもてなしをされたのも事実だ。責めたくても責められない、心の底から感謝したくても出来ないという状況に、多少のストレスを感じていた。だからこの知らせを聞いた瞬間、僕はこの人達に素直に感謝しても良いのだと、安心せざるをえなかった。
「良かったです。」
「…でも、もしタイミングが早かったら僕らが事故を起こしていたかもしれない。反省は勿論、君に謝罪するヨ。すまなかっタ。」
「悪かった。」
「大丈夫ですよ、頭を上げてください。」
そういっても二人共頭を下げ続ける。本当に反省している様だ。
「…こういう所があるから憎めないんですよ。」
後ろからカンさんが一声飛ばす。
「そういえば、リーさんはどうしたのでしょうか。」
「リーさん?」
「はい、皆がバスを見に行っている時に此処に来てたはずの方です。」
「凄い関西弁のな。」
「凄い僕に当たりがきつい人ネ。」
「あの、赤毛のですか?」
そういうと三人が一斉に僕を見た。
「会ったのかイ?」
「はい…直接は話してないですけど。」
「大丈夫だったか?」
「何もされてませんね?」
「何もされませんよ、どんな人なんですか?そんなに危険な人なんですか?そのリーさんって人は。」
「リーさんって言うのは愛称でネ、本当は"離"。あの子は僕が八卦に属す前からいた人でネ、実質先輩なんダ。でも、家系や血縁の問題で権力が弱くてネ。優先順位でいうと四番目。」
「彼女と僕と、もう一人ケンという方は戦争を体験しています。しかしケンさんは戦争以来会議に不参加、文通はあるんですが姿を見たことはありません。その時、向こうの世界で自然破壊が活発だったんでしょう、沢山の人災が起き僕ら三人以外は皆死んでしまいました。」
「何でそのリーさんはコンさんにだけ当たりが強いんですか?地位に対して嫉妬していたとしても、コンさんがトップ2ならその上がいるでしょう?」
「それがケンさんなんです。」
「え?」
「ケンさんは八卦の中で一番偉い。人前にはでないし俺も見た事がねぇけどな。」
「そうなんですか…。」
とその時、インターホンが鳴った。
「誰だ。」
「見てきます。」
カンさんが玄関を開けると、聞き覚えのある声がした。
「ちょっとええか。」
「何か用ですか。」
「最近そこらで人の子を見いひんかったか。探しとるんやが。」
「人の子?人間の事ですか?」
「せや。」
「いや、知りません。」
「…そうか、」
彼女の声には圧力がある。その圧は、奥にいた僕達にも押しかかってきた。
「お前は昔から嘘が下手やな。」
「…!!?」
途端に玄関の方から熱風が立ち込める。
「大丈夫か!カン!」
コンさんが玄関の方へ駆け寄る隙に、ゴンさんが僕の手を引き窓から外へ身を投げ出す。
「此処にいちゃまずい。早く逃げよう。俺もついていく。」
「でも、コンさんとカンさんは、」
「心配するな。兄貴は強い。カンもな。」
そういう後ろでカンさんの家は順々に燃えていく。どうやらあの人は火を操る力を持つんだろう。火の勢いに負けずと水が覆い被さるが、どうやら火の方が有利であるように見える。そりゃそうだ、火は家の素材を伝って力を増すのに対し水はカンさんの力でしかない。それでもあの勢いなら、一対一で戦ったら相手は即負け間違いなしだ。
そんなことを考えていると、またもや手を引っ張られる。
「ボーッとしてないで行くぞ。」
ゴンさんと手を繋ぎ走っているうちに、深い森の中に入っていた。
「此処なら大丈夫だろ。」
「そうなんですか?」
「此処は昔俺達が遊んでいたところだ。カンと兄貴と俺と…?」
「?」
「兎に角、遊んでたんだ。鬼ごっこやらかくれんぼやら、しょうもない遊びをずっとしてた。此処は俺たち以外誰も知らない秘密基地みたいなもんだ。」
「綺麗で良いところですね。」
「だろ?」
さっきまでの緊張感が一気に癒されてしまうほど居心地が良いこの場所を、数十年越しにコンさんらと共有する。微かに聞こえる鳥のさえずりは、僕らを明るい未来へ導いてくれると良いんだけど。
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