同人エロゲの破滅ルートしかないクズ豚皇子になっていたので、原作知識を駆使してシナリオを改変し、脇役として静かに暮らしたい

マルマル

クズ豚皇子に転生した


「これ……俺?」


 室内にあった姿見には、一人の男が映っていた。


 陽光を反射してキラキラと艶めく白銀の長髪にサファイアを思わせる青い瞳。


 身にまとった上品な服は、その美しい髪と瞳を存分に引き立たせている。


 だが、丸々と太った肉体と脂ぎった肌、性格の悪そうな目つきが全てを台無しにしていた。


 たとえるなら、よくファンタジー作品に登場するオークのような男だった。


「おい、嘘だろ?」


 俺が右手を上げると、鏡の中の男もボンレスハムみたいな手を上げた。


 信じがたいことだが、この醜い人物は俺らしい。


 俗に言う転生とやらをしたのだろう。


 どうやら、俺は死んでしまったようだ。


 うっすらとだが思い出してきたぞ。


 たしか、俺は終電に揺られていて、そしたら急に心臓が痛みだして、意識が遠のいていって……。


 う〜ん、過労っぽいなぁ。大学卒業後すぐ今の会社に就職してから数ヶ月、ほとんど不眠不休で仕事していたし。


 終電まで働いて、家でも持ち帰った仕事をして、少し仮眠を取ったら始発の電車で会社に出勤するってサイクルを繰り返していたもんなぁ。


「……!? ちょ、ちょっとまて」


 そこでふいに、眼前の鏡に映っていた人物を見てあることに気がついた。


「こいつ……ひょっとして、エリオットじゃないのか!?」


 まさかと思い、鏡に近寄ってまじまじと観察する。


 勘違いであってくれと願いながら。


 しかし、俺の願いは虚しく否定された。


 見れば見るほどそっくりだった。


 記憶にある姿よりも少し幼い気がするけれど、間違いない。


「マジかよ……」


 エリオット・ブレ・ルイーン。


 ルイーン帝国の第4皇子。


 俺が就職する少し前に友人が布教してきた凌辱系同人エロゲ、【クズ豚皇子と断罪の乙女たち】の悪役主人公。


 クズ豚皇子と断罪の乙女たち―――通称【クズ乙】は異世界を舞台にした学園ADV×ダンジョン探索型3DアクションRPGだ。


 世界観の重厚さやキャラデザの美麗さ、戦闘の爽快さは同人ゲームとは思えないほどハイレベルで、凌辱ゲー好きに限らず多くのプレイヤーを虜にした良作だ。


 純愛が好きな俺にとっては苦手なジャンルのゲームだったが、単にRPGとしてプレイする分には意外と楽しめたから、完成度が高いことは確かだろう。おかげで、全ルートをクリアできたし。


 しかし、だからこそ俺は絶望した。


 本作には、破滅ルートしか用意されていないことを知っているからだ。


 エリオットは、どのルートでも最終的にラスボスになってヒロインたちに討伐されることになるんだ。


 これが通常のエロゲなら、基本的には主人公がハッピーエンドを迎えるルートが一つくらいは用意されているものだけど、この同人エロゲには救いも慈悲も容赦も一切ない。


「ちくしょう、なんてこった。よりにもよってエリオットなんかになるなんて。最悪以外の何ものでもないぞ」


 エリオットは、作品タイトルが示すようにクズであり、救いようのない極悪人だ。


 強大な軍事国家の皇子という立場を利用し、気に入った女性なら身分や種族の別なく凌辱したり奴隷にしたりしていくし、ちょっとでも気に食わないことがあるとその子たちを拷問したり処刑したりする度し難いヤツだ。


 それゆえに世界中のありとあらゆる国の人々から恨みを買っているし、さらには身内からも疎まれている。


 まさに四面楚歌だ。


 俺は頭を抱え、その場にがっくりと膝をついた。


「終わった。転生して早々、終わったわ」


 俺に未来はない。


 遅かれ早かれ死ぬ運命だ。


 7人いるヒロインのうちの誰に断罪されるか、それくらいの違いしかない。


「はぁ~……せめて、あまり苦しまずに済むルートを選ぶか」


 

―――トントン。



「ん?」


 俺が全てを諦め、豚のように四つん這いになりながらそんなことを考えていると、部屋の扉をノックする音が耳に届いてきた。


「エリオット殿下、入室してもよろしいでしょうか?」


 鈴を転がすような声が鼓膜を震わせる。


「あ、ああ……」


 その美しい声に気を取られ、我知らず部屋への侵入を許可していた。


「失礼いたします。本日よりエリオット殿下のお側付きとなりました、ルゥ・ルーと申します。以後、よろしくお願いいたします」


 どこか怯えたような表情で入ってきたのは、一人の美少女だった。


 歳は10〜12才ほどだろうか?


 犬のような耳に、くすみ一つない白磁の肌。しなやかな黒の長髪にアメジストのような紫色の瞳をしている。


 狼人ライカンという種族だろう。


 白と黒を基調としたメイド服はスカート丈が非常に短く、そこからスラッと綺麗な脚が伸びている。


 胸部も大部分が露出しており、幼い顔には似つかわしくない大きさの双球をさらしてした。


 同人エロゲでは、女性の服装がセクシーなのはデフォルトだよな。


 しかし、この子どこかで見たような……。


 まてよ。そういえばさっき、ルゥ・ルーって名乗ってたか?


 それって、エリオットから拷問を受けて命を落とす少女の名前じゃないか。


 ルゥ・ルーは美しい容姿と従順で健気で優しい性格から、ヒロインではないにも関わらず人気ランキング上位にいるキャラだ。


 俺はヒロインたちよりも断然、ルゥのことが好きだった。


 けれど、そんな彼女をエリオットはボロ雑巾のようにしやがった。


 俺は大抵のことは笑って許せるつもりだけど、これはさすがに無理だったわ。


 たかがゲームのキャラクターに本気で殺意を抱いたのは初めてだったな。


 だから、エリオットが断罪されるシーンでは胸がスッとした。


 俺の最推しの仇を討ってくれてありがとうって、心の底から拍手を送ったよ。


 で、そんな推しキャラと同じ名前なわけだが……同一人物?


 けれど、こんなに幼くなかったよな?


 それに、今日からエリオットに仕えることになっただって?


 おかしいな。


 ルゥは新人ではなく、侍従の中では古参だったはずなんだが。


 これは、もしかすると……。


「あ〜、おほん。早速で悪いが、ちょっと聞きたいことがある」

「はい。なんでございましょうか?」

「その……今日は何年何月何日だ?」

「え? えっと、帝国暦307年4月9日ですが」

「……やはり、そうか。ありがとう」

「い、いえ……」


 推測通りだ。


 どうも俺やルゥの容姿が幼いと思ったら、ゲーム本編が始まる5年前じゃないか。


 なら、今の俺は10歳ってことか。


 と、いうことは……っ!


 破滅を回避できる可能性が出てきたってことじゃないか!?


 エリオットがクズの本領を発揮し始めるのはもう少し時が経ってからだろうし、今ならまだ軌道修正できるかもしれないぞ!


 絶望的な状況に一筋の光明が差し、自然と口角がつり上がる。


「……フッ、ククク」


 よし。


 そうと分かれば、善は急げだ。


 本編が始まるまでの5年間にやらなきゃならないことがある。


 といっても、そんなに難しいことじゃない。


 エリオットのクズムーブとは真逆のことをすればいいだけだ。


 おそらく、それで最悪なシナリオを改変できて断罪も避けられるはず。


「なら、そうだな……」


 ヒロインたちには極力、近づかないようにしようか。


 それと、他人を見下さず、謙虚な態度を心がけよう。


 ほどほどに鍛錬や勉学に励んで……。


 波風が立たないように、目立たないように、道端の石ころみたいに過ごそう。


 あれだ。立ち絵スチルの存在しない脇役を目指すんだ。


 そうやって今世では、のんびり静かに暮らそうじゃないか。前世では働きすぎて死んでるもんな。うん、そうしよう。




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 ※本作は【試作品】です。そのため、一話のみの投稿となっております。ただし、反響が大きければ(高評価★★★の数が多ければ)続きを執筆するかもしれません。

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同人エロゲの破滅ルートしかないクズ豚皇子になっていたので、原作知識を駆使してシナリオを改変し、脇役として静かに暮らしたい マルマル @sngaoyama

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