Epilogue Sunny spot
Epilogue 優しい陽だまりの中で
惑星マブロスのアデッサ市内で起こった研究所の爆発事件は、事故案件として片付けられた。建物は崩壊し、所長だったライアン・アナトレイ博士は死亡したため、彼の研究系統は途中で頓挫してしまった。再開の見込みはまだ目処が立っていない。
彼の手によって改良実験が進められていた「メタラ・ウイルス」の研究は、マブロス政府も裏で絡んでいるとルラキス政府は睨んでいたようだ。しかし、今回の一件では確固たる実証が得られなかったため、表立った動きは取れずじまいである。溜飲を下げられないままの状態が続くが、仕方がない。
ほぼ終戦状態とは言え、一体いつ再戦となるか分からない不安定な状況だ。停戦状態に変わりはないため、隣星に対する警戒を怠るわけにはいかない。セーラスのエージェント達によってもたらされた情報を元に、ルラキス星でも今後、軍隊による市内警備を進める方針となった。
拉致被害者達は、エージェント達より一足早く帰星した後、病院にて検査を受けさせられ、特に問題のない者から順に日常生活へと戻っていった。
ジュリアは検査結果で特に問題はなかったが、念の為一晩入院となった。ディーンがしょっちゅう彼女の顔を見に病室へと訪れたのは、言うまでもない。たった一晩とは言え、病室は個室にさせるという徹底振りだった。
一方、一番長く入院するハメになったのは、ライアンと最後までやり合ったタカトだった。体内に残っている神経毒の徹底的な解毒処置に始まり、三箇所の銃創治療、複数の裂傷治療と、多数の傷を治す必要があったのだ。彼が病院に運び込まれた時は高熱で意識が殆どない状態だったため、心配のあまりディーンが自分の治療はそっちのけで、ほぼつきっきり状態で傍を離れない位だった。このことは後日、「ママの添い寝はもう卒業したんじゃなかったの?」とナタリーによって、タカトは散々からかわれることになる。
◇◆◇◆◇◆
それからニヶ月ほど経ったある秋の日のこと。若干風を冷たく感じるが、まだ半袖でも大丈夫そうな季節だ。
アストゥロ市内の端にあたる地域の霊園に、二人の青年が足を踏み入れていた。ディーンとタカトだった。今日は二人共非番の日なので、時間的に少し余裕があるようである。
青々とした芝生の中に真っ白な平板状の墓石が並び、ところどころカラフルな薔薇の花が咲き乱れていて、見る者の目を喜ばせている。特に、木々の間から差し込まれる木漏れ日が、墓石を柔らかく照らしている様は得も言われぬ美しさだ。
小高い丘の、大きな木の近くに立っている一つの墓石の前に二人は立っていた。
「ここは……ひょっとして……」
「……君を連れてくれば、彼女も安心すると思ってな」
ディーンはその墓石の傍に白ユリの花束を備えた後、静かに目を閉じていた。今日はこの霊園に訪れている人は少なく、静かで良い。風が芝生を通り過ぎ、木々の葉を揺らしてさらさらと音を立てている。どこからか、ぴちち、ぴちちと小鳥の鳴く声が聞こえてきた。
ディーンが再び目を開くと、そのタイミングを待っていたばかりにタカトが口を開いた。あまり彼らしくないのだが、やや伏し目がちである。
「あの……その……悪かったな」
「?」
「色々さ。俺、お前のこと、理解しようとさえしてなかった。精神病んでも不思議じゃない位、辛い思いをして、それでもめげずに事件をずっと追い続けていた。全ては真実を知る為に」
「……」
「少しは、楽になれたか?」
「……少しな」
「そうか。一昼夜でどうにかなるものでもねぇしな」
「……」
「この目も、これまで以上に大事にする。一度は完全に光を失うはめになったのを、助けてもらったしよ。それに……」
翡翠色の瞳が、真っ直ぐに銀色の瞳を見つめてきた。混じり気のない、つややかな深緑の美しい瞳は、彼そのものの性根を表しているかのように輝いている。
「何か、スカーレットさんの忘れ形見みてぇだし」
「……そうだな」
思えば、彼とは不思議な縁である。偶然〝エフティフィア〟に選ばれてしまったために出会い、共に行動することになった。スカーレットの培養眼を移植された彼が、まさか自分の父親の良き友人であり、且つ親と恋人を殺した男の実の息子という、避けようのない因果な関係だったとは、思いもしなかった。
自分の親がライアンによって殺されていなければ、その後スカーレットに出会っていなければ、まず彼と出会っていなかっただろうと思われる。今回の一件でタカトは、随分と複雑な思いを抱えてしまったようだが、互いの親の二の舞いにならないように気を付ければ良いと、ディーンは思っている。何かまた気に病んでいることがあれば、いつでも聞いてやるつもりだ。彼のことは仕事の
「来年、また来ようぜ。一緒に」
「……ああ」
――私、ずっと見守っているから、あなた達のこと――
あの時、まばゆく輝き出した光の中で一瞬だけ見えた、スカーレットの優しい微笑み。微睡みの中で見て以来、彼女はもう二度と彼の夢に現れることはなかった。これからもずっと、遠い空から自分達のことを静かに見守ってくれることだろう。全てを包み込むような、優しい眼差しで……。
(すまない。そして、ありがとう。レティ)
心の中で静かにそう呟いた後、ディーンは一つのことを思い出した。
「……そうだ。タカト。今日、まだ時間はあるか?」
「? 特にこれといった用事はないが……」
「これからジュリアを迎えに行くのだが、彼女が君を必ず連れて来いと言っている」
突然のことに、タカトは目を真ん丸にした。
「え? ジュリアちゃんが? 俺を?」
「君は妹に相当気に入られたようだな。君さえ良ければ、これからうちに来て欲しい」
「良いぜ。お嬢様のご要望なら、何なりと!」
快諾したタカトは、相方に向かって白い歯を見せてニカリと笑った。真夏の太陽のように眩しい笑顔は、見ていて気持ちの良いものである。その時、ディーン本人は気付いていなかったのだが、その口元にわずかだが笑顔が浮かんでいた。まるで、凍りついた世界が長く待ち望んでいた春の訪れを喜んでいるかのような、優しい穏やかな微笑だった。
霊園を背に都市部へと向かって歩いてゆく彼らを、雲間からこぼれてくる陽の光が、前途を祝すと言わんばかりに、暖かく優しく包みこんでいた。
凶悪化アンストロンとの戦いは、まだ終わったわけではない。
あくまでも一時的なものだ。
これからも色々なことが起こり、巻き込まれることだろう。
いつ生命を落としてもおかしくない世界。
いつ秩序が崩壊するのか分からない世界。
その世界で、自分達は生命を賭して戦い、生き抜いてゆかねばならない。
だけど……
二人一緒なら大丈夫だと信じている。
どんな困難が待ち受けていても、きっと乗り越えていける。
時には意見を違えたり、衝突しても、
気持ちの方向性が一緒であれば、再び心が一つに戻れるはずだ。
目的を見失わないように。
歩むべき道を間違えないように。
互いを互いで繋ぎ止めるように。
受け止め合い抱き止め合ったこの強い想いだけは、
他の誰のものでもない、自分達二人だけのものだ。
二人の戦いはまだ、始まったばかりである――
――完――
ひょんなきっかけで出会った、正反対な二人の青年。
半ば強制的にバディを組まされ、最初は食い違い、全てがばらばらだった彼らが、数々の困難を経て少しずつ絆を深め合い、本物のバディへと育ってゆく物語。如何でしたでしょうか?
本編はこれにて完結です。ここまでお読み頂きどうもありがとうございました。現在続編執筆中です。公開までしばらくお待ち下さい。
番外編はこちらになります!
https://kakuyomu.jp/works/16818023212598386662
宜しければ引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。
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