Episode 39 見舞客

――次の日のこと。

 眩いほど陽の光を浴びながら佇んでいる、真っ白な建物。

 八階建てだろうか。

 タカトはその建物を見上げた。

 自分が患者としてその中にいるのも嫌なものだが、見舞客としておとずれるのも、何となく気が進まないものである。


 (なーんか気が重!! 俺が入院患者というわけじゃねぇのに、何故こんなにも憂鬱なんだ? )


 彼が相方であるディーンに会うのは、病院に搬送されてその日以来である。ナースセンターにてディーンの部屋番号を確認した後、その場所へと向かった。五階の病室だ。


――少し、足取りが重い。


 タカト自身正直言って、彼に対してどういう顔をすれば良いのか、良く分からなかった。

 今まで誰かの見舞いにすら行ったことがなかったので、勝手が分からなかった。だからといって手ぶらではあんまりなので、負担にならないサイズの花束を持参することにした。黄色と白とオレンジのガーベラが、バランス良く束ねられている。「希望」「前進」という意味合いを持ち、色も明るく前向きな花束だった。


 タカトが病室の戸を軽くノックすると中から「はぁい」と若い女性の声がした。


 (? 先客のようだが、一体誰だ? まさか俺部屋番号間違えたんじゃ……)


 改めて確認したが、間違いなく相方の病室だった。戸が静かに開くと、中から艶のある癖のない長めの黒髪ボブの少女がちょこんと顔を出した。その毛先は大人っぽく外ハネにしている。ダークブラウンの大きな瞳は、長いまつげで縁取られている。透き通るような色白の肌といい上品で貴族的な顔立ちといい、思わず鳥肌が立ってくるレベルの美少女だ。

 濃紺のブレザーに白いシャツ。

 濃紺と赤のチェックのスカート。

 襟元に赤いリボンを結んだ制服を着ているところを見ると、ハイスクールの帰りに見舞いへと立ち寄った、というところだろう。身長は恐らく百五十八センチメートルで、同僚の女性エージェント達より小柄だ。どこか儚げな雰囲気を持っており、思わず庇護欲をそそられる。


(おおおすっげぇ可愛い……!! このコとアイツ、一体どういう関係だよオイ!! 俺全っ然聞いたことねぇぞ!! )


 タカトの脳内にアドレナリンが大量放出され、血圧が一気に爆上がりする。そんな彼の顔を軽く見上げるような姿勢のままで、彼女は尋ねた。不思議そうに両目を瞬かせている。


「ひょっとして、兄の職場の方ですか?」

「兄……?」

「はじめまして。私、ジュリア・マグワイアです。兄がいつもお世話になってます」


 深々と丁寧なお辞儀をしつつ、にこりと微笑む様は、まさに可憐な花だった。ディーンと本当に血を分けた兄妹なのか疑いたくなるが、よく見ると似ているところがある。


 (可愛い……!! こりゃあ天使みてぇなコだなぁオイ!! こんなカワイコちゃんがアイツの妹……!? マジでありえねぇ……!! )


 しばらく年下女子日照り状態だった彼は、驚きと喜びでテンションが天元突破しそうになる。流石に場所が場所なので、不謹慎にも踊りだすマネはかろうじてしなかったが。


「ええっと、確か、タカト・レッドフォードさん……でしたっけ? 兄から話は聞いています」


 溌剌とした声は生き生きとしていて、耳に心地良く響いてくる。まるで春の息吹を感じるような暖かさを彼女からは感じられた。常に感情を表に出すことのない、例えるなら真冬のような兄とは、温度差が天と地レベルだ。


「えっとこれ、良いかな?」

「わぁ!! とっても素敵!! どうもありがとうございます!!」


 タカトからお見舞い花の花束を受け取ったジュリアは、途端に目を輝かせ、窓際にある花瓶と見比べていた。その瓶へ生けようと思ったのだろう。


 美少女は病室内に設置してあるベッドへと駆け寄った。病室はどうやら個室のようで、室内にバス・トイレもある。恐らく、上層部による配慮だろう。


「お兄ちゃん、ねぇそろそろ起きて。お兄ちゃんてばぁ」

「……」


 ジュリアの後について部屋に入ると、真っ白な枕やシーツがすぐに視界に入った。

 ゆっくりとだが、布ずれの音がする。

 既に人工呼吸器は外されており、左腕に点滴のカテーテルが固定されているだけのようだ。上にはボトルやバッグのつり下がっているのが見える。

 やがて彫刻のように整った顔がタカト達の方へと向き、静かに目を開いた。やつれ気味でその肌は青白く、顔色はまだあまり良くないようだ。


「……ジュリア……」

「あ、お兄ちゃん。やっと目が覚めた! おはよう。 ほら、職場の方がお見舞いに来て下さってるわよ」

「……分かっている」

「起きる? 起きるなら手を貸すけど」

「いや……まだ横になったままの方がいい」

「もうそろそろ上半身を起こした方が良いって、主治医の先生も仰ってたわよ。ほら、どっちなの?」

「……分かった。じゃあ、手を貸してくれ」

「はいはい。もー素直じゃないんだからー」

「ジュリア……いい子だから、もう少し、静かにしてくれないか……頭に響く……」


 ディーンは美しい額に軽くシワを寄せ、呻いたように口を動かしている。肉親が傍にいて気が緩んでいるせいか、どこか少し甘えた声だ。普段目にしない光景を目の当たりにしているせいか、妙に倒錯的な気分にさせられる。ジュリアは甲斐甲斐しく兄の背中に右手を回し、その背中の後ろに枕をしいた。


「はいはい。じゃあ、私はこれの水を入れ替えてくるからね。それじゃあレッドフォードさん。どうぞごゆっくり」


 花がいけてある花瓶を持った少女が、笑顔を一つ残し、戸を開けて姿を消していった。


 病室内は、タカトとディーンの二人きりとなった。音一つせず、しばらく静寂な時間が過ぎてゆく。真っ先にこのどこか張り詰めたような空気を壊したのは、病室の主だった。


「わざわざすまないな」

「気にすんなって。あれから具合はどうだ?」

「……まあまあというところだ。あれから自分が二・三日も目覚めなかったとは、いまだに信じられん」

「無茶しやがって。急所を外れていたから良かったものの、あと数ミリずれてたら危なかったって、ドクターが言ってたぜ」

「……」

「まぁ、助けてもらった俺が言えた柄じゃぁねぇけどよ……ありがとな。お前が庇ってくれなきゃ、俺は確実に死んでいた」

「……あのアンストロンは?」


 恐らく、己が発砲したアンストロンのことを気にしているのだろう。


「あれか? お前の一発があまりにも強烈過ぎて、シビレてたようだぞ……心配せんでも、ナタリー達が全て回収した」

「……そうか。ならば良い」


 その表情も声質も、いつもと変わらない。だが、どこか胸をなでおろしているような、そんな雰囲気を感じた。


「しかしお前な、あんな可愛い妹さんがいるのなら、後先考えろよ……と言いてぇところだが、何だかお前らしくねぇな」

「……」

「いつも冷静なお前がどうして? 特に深い意味はねぇよ。純粋に知りたいだけだ」


 それを耳にしたディーンは、そのまま口をつぐんだ。

 聞かれても、上手く説明が出来ない。

 言葉が見つからない。

 正直どう言っていいのか、分からなかった。

 何故、タカトの代わりに撃たれるマネをしたのか? 自分自身も、正直理解出来ていなかったのだ。

 ――理由は特になく、頭で考える前に身体が動いていた、ただそれだけだったから。

 それなだけに、無性に腹が立ってきて、ディーンは俯きがちになり、一言ぽつりと言った。


「……帰ってくれ」


 周囲に漂う空気が途端にかたくなる。相手が再び壁を作り始めているのを感じ、タカトはため息をついた。最初の頃はこういう人だという認識でいたが、どうにも気が収まらなかった。少しでも歩み寄ろうとすると、こうやって閉め出されてしまう。


(あーあ、またこれか。ご丁寧に鍵まで閉められちまったようだな。俺また何か変なこと聞いたか?) 


 折角少しはマシにやり取り出来るようになったと思ったところで、リセットされて再び最初に戻らされたような気分である。もやもやしたものが消化不良のまま、彼の腹のどこかに居座っていた。ただ、相手はまだ意識を取り戻したばかりの怪我人だ。下手に体調を崩させるわけにはいかない。


「あっそ。分かったよ。難しいヤツだな。まぁ、今回の件は俺にも責任はあるし……早く治せよ」

「……」


 タカトはため息を一つついた後、入口へと歩いて行き、病室の戸を開けた。すると、ちょうど花瓶を持ったジュリアと目があった。


「え? 来たばかりなのに、もう帰っちゃうんですか?」


 やや困惑気味の表情を浮かべた少女に、まさかディーンを怒らせたとは言えず、タカトはにこやかな笑顔でごまかす作戦をとった。


「あまり長居しては疲れるだろうし、早く治ってもらう方が良いと思ってな」

「ひょっとして、兄がまた余計なことを言ったんじゃないですか?」

「いや~そういうわけでは……」

「ジュリア、放っておけ」

「お兄ちゃんったらぁ……んもぉ全く、しょうがないんだから……あの、ごめんなさいレッドフォードさん。エレベーターまで送りますから、待ってて下さい」

「え? ……いや……」


 戸惑うタカトをそのままに、ジュリアは慌てて花瓶を病室内に置きに行った後、彼とともに廊下へと出た。


「すみません。あの……宜しければ、お時間を少し頂けませんか?」


 何となく察してはいた。彼女はタカトに話したいことが色々あるようだ。見上げてくるダークブラウンの瞳がそう物語っている。とてもじゃないが、これには逆らえない。

 

「ああ、俺は大丈夫。今日は非番で予定も特にねぇし」

「お話したいことがあるので」

「分かった。ここじゃあなんだから、この病院内にある食堂に行こうぜ」

「ありがとうございます」


 二人は、エレベーターホールに向かって歩き出した。


 一方、病室内で残されたディーンは、窓を一人静かに眺めていた。その視線の先には一瓶の花瓶が佇んでいる。ジュリアの手によって綺麗に生けられた色とりどりのガーベラが、何か言いたげな顔をして、彼の物憂げな表情を眺めていた。

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