駄菓子屋
柊木ふゆき
駄菓子屋
理佳子は小学校を卒業するまで、母の故郷の村で住んでいた。そこは、コンビニやショッピングモールに行こうと思ったら、歩いては行けないような場所だったので、こどもたちが連れだって出かけられる場所と言えば、川か、学校か、村に二軒の駄菓子屋だけだった。そのうちの一軒は、理佳子の祖父母が経営していた。それは平屋の一角で、土間になっていた。昔は玄関に使われていたのをリフォームしたのだ。靴を脱いで上がったところは板張りになっていて、祖父がそこで店番をしていた。その後ろには障子があり、理佳子一家の住居スペースに繋がっていた。
理佳子はよく、店番を買って出た。店番をすれば、祖父母からお小遣いと、お菓子をもらえたからだ。客と言ったら、村の小学校のこどもか、それよりも小さい子供を連れた母親で、みな見知った顔だったので、万引きの心配などもなく、理佳子が店番をしている間は、おとなたちは安心して居間のほうに引っ込んでいた。
理佳子は放課後になると、ランドセルを背負って、駄菓子屋の戸口から入り、板間によじ登って、ランドセルを放りだし、そこに籠城した。すると、やっと店番から解放された祖父は、いそいそと障子の向こうへ消えていった。
小さなお客たちは時々わあっと大群でやってくるが、大抵暇で、理佳子は、レジ台の横の戸棚に、漫画やゲームを隠していて、それで時間をつぶした。宿題もそこで腹ばいになってやった。友だちがやってきて、ずっとおしゃべりすることもある。駄菓子屋には、小学校に上りたての子どもから、威張った六年生まで、誰でもやってきた。村でたった二つの店で、子どもたちが唯一おとなのように買い物できるこの駄菓子屋は、彼らにとって神聖な溜まり場の一つで、仮にもその主人である理佳子は、学校で一目置かれていた。どの学年の子どもも、この駄菓子屋の小さな店長さんに「よお」と挨拶したし、ちょっとした諍いやいじめに理佳子が巻き込まれることは決してなかった。
理佳子が四年生の秋のことだった。理佳子は初めて万引きを目撃した。理佳子が算数のドリルから、何の気なしに顔を上げたとき、その六年生のあまり面識のない少女は、さっと長い腕を伸ばして、小さな包みのチョコレートを掴むと、それをポケットに入れてしまった。理佳子は一瞬ぽかんとして、それから「あ」と叫んだ。すると、万引き犯はびくっと身体を震わせた。
少女はランドセルを背負っていた。名札を見て、理佳子は彼女のことを思い出した。七瀬華という少女で、村の外から来ている生徒だった。村の小学校は、全校生徒で百人いない。過疎化のために、数年前から外部からの生徒を受け入れていた。
「おじいさん呼ばないでね」
華が言った。
「でも」
「お金持ってないの」
華は、しっと口の前で人差し指を立てて、前のめりに、小声で理佳子のことばを遮った。
「でも、お金ないと買えないよ」
「今度持ってくる。いいでしょ?」
理佳子は困ってしまった。また今度お金を払うなら、あげてしまってもいいのだろうか? でも、今までそんなお客さんはいなかった。祖父に訊こうにも、呼んではいけないという。おとなを呼んではいけないのなら、やはり間違ったことなのかもしれない。しかし、理佳子はこどもで、こどもの味方だった。どうしたって、仲間を売りたくはない。
「でも」と理佳子が戸惑っていると、華はランドセルから筆箱を取り出して、そこから二本、薄いピンクとブルーの色ペンを差し出した。
「じゃあ、代わりにこれあげる。こっちのほうが高いんだよ」
それは、学校で流行っている、香りのするペンだった。村の外でしか買えないペン。特別なペン。持っているだけで箔が付くペンだ。理佳子はつい、それを受け取ってしまった。
「おじいさんに言わないでね」
そう言い残して、理佳子の気の変わらないうちにと、華は素早く店を出た。理佳子はものすごく悪いことをしでかしたような気がして、それから数日間、不安の中で過ごした。ペンを見た家族に気付かれるかもしれない。そしたら、私は共犯で、みんなに見捨てられて、警察に捕まってしまうかもしれない。理佳子は恐怖から、せっかく手に入れたペンを筆箱に入れずに、レジの横の戸棚の奥に隠して、しばらくすると忘れてしまった。
駄菓子屋 柊木ふゆき @fuyuki_hiiragi
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