七月の慟哭

酢みれ

プロローグ

 いつからだろうか。こんなにも世界が色褪せ、ひどくつまらないモノとしか認識できなくなったのは。

 自身の脳髄に浮かぶいつかの記憶をなぞりながらそんなコトを考えていた。

快速列車の車窓に映った私は、いつも通りどこか退屈そうな顔をしている。

 駅に着いたものの、乗り換えるつもりだった電車は遅延で、到着までかなり時間がかかるようである。

 「はぁ…」

不満が飽和してため息が漏れる。

 ふと壁面の広告に目をやると、そこには何処ぞの化粧品メーカーの新作リップが真っ赤に彩られていた。

 それは三年ほど会っていない近所の…いや、近所に住んでいた先輩が愛用していたモノによく似ているような気がしたが、よく思い出せなかった。色と抽象的な形ぐらいしか知らなかったから当然ではあるが。

 そういえば、先輩は今、何処で、何をしているのだろうか。そんなことを約二時間ぶりぐらいに考えている。

 「長井ながい先輩…」

無意識下にその名を口にする。

『それがどうした』という話だが、その先輩に私は恋している。現在進行形…すなわち初恋であり、後にも先にも恋情を抱いたのは先輩にだけであった。先輩の瞳に射抜かれた心臓の銃創は今尚癒えることなく鮮血を滴らせている。

 しかし、連絡手段も、現在の所在地すら知らない私が、この想いを先輩に伝えることはもう叶わないのだろう。そうやって今日もまた、やるせない心に蓋をして、無色不透明の世界に私は溶け込むのであった。

 十五分遅れの各駅停車がガタガタと草臥くたびれた亀のようにプラットホームへやってくる。満員電車が息苦しくて仕方がない。

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