一時間ぽっちの物語

安全すぎる安全靴

一時間目 お星さま

 星が綺麗だと、数年ぶりに感じた。

 日々があっという間に目まぐるしく過ぎていく。単純に、淡々と。

 自転車に乗り、周りに注意をしながら電車に乗り、ぎゅうぎゅうになりながら駅のホームへ流され改札口を出る。今度は人に気を付けながら。

 無意識にこなすようになったソレは自分の視線を下へ下へと引きずり込んでいった。

 いつもいつもくたくたになって帰っていく頃には人は疎らになっているのに頭をあげる力すら湧かない。

 いつからこんな風になったんだろう。そんなことを考えることすら無くなってならない目覚ましを感じて飛び起きる。

 まだ時刻は5時半にもなっていなかった。

 動悸がなぜだか止まらなくてカメラのレンズが1つしかないスマホを賃貸の壁に叩きつけた。音がどうとか、そういうんじゃなくて壁についてしまった傷を見て我に返った。お金は、どうしたらいい。というか、お腹が、空いた。

 落ちたスマホを拾うことなく少し左右に揺れながら玄関先に投げ捨ててあった鞄をそのまま持ってドアを押した。いつも感じる抵抗を感じずに出られたのはなぜなんだろう。そんなことよりも、腹が減ったのだ。

 普段は上ることより辛く感じる階段の下りが今日は楽で仕方がない。

 頬が冷たい。足が痛い。息が白い。まだ暗い。

 ただ歩いてついたコンビニは明るすぎて明かりを交換することさえしなくなった街灯が多くあるこの町の唯一の光源みたいだった。

 今の格好がどんな風かなんて考えない。今日は上司に会うことすらない。こんな早朝のコンビニにいるのは早く交代の時間が来ないかと考えながら品出しをする店員くらいだ。

 入店しても声すらかけられない。別にそれでいい。だって俺は挨拶されに来たんじゃない。飯を買いに来たのだ。

 冷凍のチャーハンとメロンパン、ミカンが入った杏仁豆腐、それにスムージーを珍しく買ってみたりして1000円もしない、それでもいつもの朝食にしては高い高級なご飯をセルフレジがあるのにめんどくさそうにしてる店員にわざわざ声をかけて交通系で支払った。

 やる気のない「ありがとうございました」を背中にさっきここまで来た道をそのまんま引き返す。

 ふと、ブランコが目に入った。そういえばここは公園だった。毎日毎日子供が飛び出してこないかとドキドキしながら通る公園だ。

 久々にブランコに乗りたい。

 砂の感触が不思議な感じがして、笑いそうになりながらブランコに静かに座った。

 鉄と鉄の引っかかっているところが引っ張られる音がする。そうしてあっためてもらったチャーハンの蓋を剥がす。ムカつくことに杏仁豆腐を食べるための小さなスプーンしか入っていなかった。

 仕方がないからチャーハンの入った容器をカップヌードルのスープ飲むときのように傾け、顔を上げる。

 星が、流れた。

 早朝、空がまだまだ暗い中、家の電気もつかない、街灯が点滅して一瞬の暗闇を作り出したその瞬間に、一筋の光が星々の間を誰の迷惑になることなく真っ直ぐに落ちていった。

 スーッと一瞬の落書きを残して消えてった。

 チャーハンの湯気が視界を白く染めて、それが煩わしくて、口を離し、2,3回咀嚼して飲み込んで空を見る。

 ブランコを漕いだ。

 ちょっと高い朝食は隣のブランコの椅子の上に。

 子供の時にしたことを思い出しながら風に乗るなんて生温いほど鋭い風に抱かれて、力一杯足を、全身を使って漕いだ。

 体が上を向くたびに星々が目に入る。大きく、さらに大きく。

 田舎じゃない。満天の星空なんてそんな大層なもんじゃない。プラネタリウムに写される作り物の星々の方が数倍きれいだろう。そんな汚れた空に力一杯光り輝く、星。

 馬鹿なんじゃないか。誰も見ない、お前たちのことなんて。気にも留めない。それこそこのクソ寒い中、クシャクシャのシャツと解きかけのネクタイに裸足で朝からチャーハン食ってるクソみてぇな俺くらいしか見ない。こんな意味わかんねぇ不審者くらいしか見ない。

 それなのにどうしてそんなにも光ってやれるんだ。街灯も見習ってほしいくらいだ。

 馬鹿だ。大馬鹿だ。そもそもこの星たちはきれいだと思われるために光ってない。そうだ、そうだった。

 一番高い位置から飛び降りれば、簡易的に設置された低い柵を飛び越えた。

 ああ、そうだ。俺はなんてことをしてたんだ。

 乱暴に朝食を手に取って走り出した。寒さで足が痛いのかすらわからない。階段を一段飛ばしで上がって行けば自分の部屋の扉が少しだけ空いていた。

 もう、なんだかどうでもよくなっていて、扉を開けて電気を付ければめちゃくちゃになった部屋が飛び込んでくる。

「は、ははは…あっはははは!!!」

 笑いしか出ない。鞄を一緒に持ってっている時点でこの部屋にある金目のものは賃貸の壁を傷つけた凶器のスマホくらいしかない。それも、型落ちもいいとこ、何年も使った挙句ボロボロになったやつしか。

「ばぁーーーーか!!うちにはなんもねぇんだよ!!俺がなんもねぇ男だからな!」

 久々に大笑いしたせいでお腹も頬も痛くてたまらない。110番通報しようにもご丁寧にスマホを盗まれてしまったからそうすることもできない。

 結局、早朝にこんなバカ騒ぎをしたことで苦情を言いに来た隣の人が惨状を見て通報をしてくれた。お礼に今あるメロンパンと杏仁豆腐を渡してみた。

 早朝から警察が来ていろんな処理をしているうちに星はお家へ帰ってしまったようだ。

 あー馬鹿らしい。本当に。

 でも目が覚めた。馬鹿できれいな奴がお家に帰って、逆に俺は目が覚めた。

 長く長く馬鹿どもと一緒にいたせいで太陽と目を合わせるのが怖い。いつだって変わろうと一歩前に踏み出す時は怖いもんだ。

 俺は星じゃない。星みたいにきれいじゃない。気にもすら止められない。

 日々をいつも通り過ごすだけじゃ何にも変わんない。自分でも正社員でいられる会社にテキトーに入るだけじゃ日々を、人生を無駄に消費するだけだ。

 その辺にあったきれいな紙にネットで拾った常套句を書いて、今度はいらっしゃいませを言われたコンビニで包みを買い、大きく右に斜めになったへったくそな文字で書いてやった。

 これを上司に叩きつけて、俺はこの部屋を掃除する。

 さあ、そっからだ。

 俺の人生を星よりも輝かせてやんねぇと。

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