恋は痛い

たんぜべ なた。

恋の喪失感

「綺麗な花火……」

 小学六年の夏、オレは幼馴染の美樹ミキちゃんと庭で花火を楽しんだ。

 先の言葉は、シメの線香花火を二人で仲良くやっていた時に彼女の発した言葉だった。


 藍色に花火柄の浴衣、紅い鼻緒の下駄を履き、髪をアップにした彼女のウナジはこの目に焼き付いている。

「ミッ君、今日はありがとう。

 とっても楽しかった。」

「うん、僕も楽しかったよ。」

 少女から乙女へ一歩階段を登った幼馴染を前に緊張してしまうオレ。

「じゃ、ミッ君!

 また明日ぁ~。」

 彼女は浴衣の裾を押さえつつ、淑やかに手を振り帰って行った。

「うん!

 また明日ぁ~。」

 オレは大きく手を振った。


 …そして、明日は来なかった。

 突然の転勤で幼馴染の美樹ミキちゃんは引っ越してしまった、あと一週間で夏休みは終わろうとしていたのに。


 初めて女の子と二人だけで楽しんだ花火。

 お互いを意識し始めていたあの夜、オレは美樹ミキちゃんにフォーリンラブしてしまった。

 たぶん美樹ミキちゃんもオレに…。

 そんな淡い期待を残したまま、美樹ミキちゃんはオレの前から消えた。


 中学生に上がり、ポッカリと穴の空いた心を引っ提げて、オレは灰色の学生生活を謳歌しはじめる。

(今年の夏には、何食わぬ顔で帰ってきてくれるさ。)

 何の根拠もなく、オレは美樹ミキちゃんのカムバックを期待していた。


 まぁ、まるで根拠がなかったわけではない。

 花火を楽しんだあの日から半年後に美樹ミキちゃんから手紙を貰っていたのだ。


 ” 突然、引っ越してごめんなさい。

 お話もできなかったから、ミッ君怒ったかな?

 でもね、私ね、ミッ君に聞いて欲しい事があるの。

 だから、私帰ってくるから、待っててね。 ”


 オレも馬鹿だよな。

 その言葉を真に受けて、折角告白してきた子たちに『ゴメンナサイ』し続けてしまったよ。

 モテモテという自惚れは無いけれど、オレ自身「恋に恋する」男なんだから、勇気を出して告白してくれた女の子たちに対して、どこまで薄情だったんだろうね。


 課題と部活に追われ、気がつけば終わってしまった一年生の夏。

 悪友たちと力いっぱい駆け抜けた二年生の夏。

 一見すれば充実した『灰色の学生生活』を送っているではないか?とお叱りを受けそうだが、オレの心にポッカリと空いた穴は、何を持っても埋め合わせることは出来なかった。


 二年生の夏の終わりを迎えようとしていたあの日。

告白を『ゴメンナサイ』した女の子に言われた一言が、心の穴に引っかかってしまった。


「いつまでも、過去に縛られてもダメっ!

 光雄ミツオ君だって、恋の喪失感に逃げ込んだらダメだよ。

 私じゃ力になってあげられないけど…。」


 あとに続く言葉は耳に残っていない。

 ただ、この言葉をかけてくれた女の子の前でボロボロと涙を流してしまい、告白も『ゴメンナサイ』も有耶無耶になってしまった。


 そして、色々なことが有耶無耶になってしまった日の夜に、その彼女…真希マキちゃんと二人で花火を楽しんだ。


「綺麗な花火……」


 白地に夏の花をあしらった涼し気な浴衣に、青い鼻緒の下駄を履き、三つ編みを左肩に下ろした真希マキちゃんにドキッとしてしまうオレ。

 先の言葉は、シメの線香花火を二人で仲良くやっていた時に彼女の発した言葉だった。


光雄ミツオ君、今日はありがとう。

 とっても楽しかった。」

 頰杖をついた真希マキちゃんが、オレに話しかけてきた。

「こちらこそ、付き合ってくれてありがとね。」

 照れ隠しのように、空を見上げてしまうオレ。


新月の夜は、やみも澄み渡り、星の輝きを引き立てている。


「綺麗な夜空……。

 まだ、花火が続いているようね。」

 真希マキちゃんも空を見上げたようだ。

「ああ、そうだね。」

 オレも頷いた。


「じゃ、光雄ミツオ君!

 次は学校で会おうね。」

 彼女は浴衣の裾を押さえつつ、淑やかに手を振っている。

「ああ、じゃあな。」

 オレも小さく手を振った。


 そして、新学期が始まる。

 オレと真希マキちゃんは、クラスメイトだ。


 同じ教室に入って、ホームルームの始まりを待っていると、先生が教室に入るなり一言宣言する。

「お~~い、お前らぁ~。

 転校生を紹介するぞぉ~。」

 何の前触れもなく飛び出す発言に、クラス内は困惑と動揺でザワついている。


「あ~~~っ!

 うるさいぞぉ~~、お前らァ~~!!」

 先生の怒鳴り声で教室が静まり返ると、くだんの転校生が入ってくる。

 ポニーテールがよく似合う女生徒…そして、彼女の顔に見覚えがあるオレ。


「藤本 美樹です。

 よろしくお願いします。」

 深々と頭を下げ、顔を上げた美樹の視線とオレの視線がバッチリ交差する。

 美樹はニコッと微笑み返してくる。

 視界に入っていないが、真希はすんごい顔でオレを睨んでいるような気がする…そんな視線が右横からチクチクと刺さってくる。


◇ ◇ ◇


「ミッ君、これはどういうことかなぁ~?」

 美樹が左隣の席に座り、オレに詰問すれば

光雄ミツオ君、これはどういうことかしらぁ?」

 真希が右隣の席に座り、オレに詰問してくる。


 ここは食堂、先程のホームルームが終わった日の昼下がりだ。

 いつもなら定食セットを受け取り、一人穏やかに昼食を取るのが、オレの日常だったのだが…。


「「説明して!!」」

 二人が声を合わせて、オレをさいなんでくる。


 オレだって、何をどう説明したら良いのか頭がこんがらがって困っている。

 両手に花と言われれば、まさにそうなんだけど…。


 ええ、現実は修羅場ですよ修羅場。


「ちょっとぉ!」

 美樹が左側からオレの耳を引っ張る。

「話聞いてるのぉ?」

 真希が右側からオレの耳を引っ張る。


「いだだだ。」

 耳は痛いのだが、何だろう心の穴はもう塞がってしまった。

 その事に気づき、つい苦笑してしまうオレ。


「ねぇ、あなたの幼馴染ってマゾ?」

 真希が右側から美樹に話しかければ

「ねぇ、あなたの彼氏ってマゾ?」

 美樹が左側から真希に話しかける。


 オレの痛みをよそに、二人はまだまだバトルを続けるようだ。

 まぁ、それは良いのだけれど、「恋」ってのは、こんなに面倒なものなのだろうか?


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恋は痛い たんぜべ なた。 @nabedon2022

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