第66話 銀貨30枚じゃ割に合わない

  操られた熊の大量発生の報告と共に、酷い頭痛と博士の指示、そして、それを実行しなければならないという酷い強迫観念が襲ってくる。

 ……最悪な気分。

 ミラはこれから、この暖かな場所を、こんな立場のミラに優しくしてくれた皆を裏切らなければならない。

 セヴンスの根源が救世主じゃなければよかったのに……。


 これまで、ミラの得られた情報をつなぎ合わせるとセヴンスの根源は救世主以外に考えられないと結論を出した。

 復活した直後から魔法少女達を無償で、献身的に助けて国中を駆け回り、リズに連れ帰られるまでは個人の資産を一切、そう、それこそ家も服もお金も、一切を持たずに暮らしていたそうだ。

 自らの生活の基礎となる全てが足りていないのに他者を助けるために迷わず身を投げ出し、命がけの戦場で戦っておきながら対価は決して求めない。

 こんな人格の人間が聖人で、救世主でなくてなんだというのか。

 

 原罪教の、救世主が言ったとされる言葉に敵を愛せという言葉がある。

 そんな事が出来るはずがない、出来たとして、それに意味は無い、と少し前のミラだったら笑っていた事だろう。

 でも、今は……。


 愛を注がれた記憶、愛されていたという実感は、それを裏切ろうとするミラの心をかき乱し責め苛む。

 たかが銀貨の30枚程度の為にこの感情を耐えなければならなかったご同類ユダに憐れみすら覚えるほどに。


 TVでは、博士のけしかけた熊の群れに対して、1が元になったであろう糸で拘束し、を撃ち込んでいるセヴンスの姿が放送されていて……。

 彼女の使う他の魔法についても大体は調べがついている。

 茨の冠と自らを貫いた槍、毒に侵された者から豚に毒を移した逸話、救世主が持っていたとされる未来視の力。

 やはり、彼女の魔力根源は救世主としか思えない。


 「でも、姉さんを救うためだから……」

 様々な感情がせめぎ合って、鉛よりも重くなった身体に薄く魔力を巡らせる。

 「根源ペルヴァースノーヴァ強制起動プリムスドーニ・ボチーノク

 生贄ジェールトヴァで開発された、身体強化・認識阻害・身体保護の一切の機能をカットし、ただ「変身せずに魔法を使う」ためだけの技術。纏う魔力は変身前のそれと大差なく、弱い魔法を使うだけなら余程鋭い感覚を持った者以外には感知することが出来ない。

 おおよそ潜入工作員わたしたちにしか使い道のない技術。

 それを使って、これから皆を騙して、裏切って、逃げるのだ。


 博士の仕掛けた陽動が上手く行っているのか、それとも上手く行っているように見せかけられているのかはわからないけど、今ここに残っている魔法少女は転移の魔法少女のみ。

 この隙に動かなければ、動けなければ遠からずミラは博士にされるだろう。


 まずは、この部屋を、ミラを見張っている監視カメラを弄っておかないと。

 通常であれば、傀儡と血の根源で電子機器を操ることはかなりの難度を誇るのだと思う。でも、セヴンスが様々な逸話を最低限の原型を残して改変した魔法を使っているように、魔法には様々な使い方がある。

 例えば、今から使うコレ。

 「絡繰るのは己が認識。操るのは私の意識。定義:電気は機械の血であるエレクトリーチェストヴァ・クローヴ・マシーン

 自らの意識を傀儡の魔法で操作して、電子機器を血の根源の対象に含める魔法。

 ゲーム?なんかでいうバフ?みたいなものだ。

 そして、この状態なら……。


 「行動操作・命令:1時間前から10分前までの映像を繰り返して」

 機械に、することが出来る。

 次は部屋の外でミラを見守っている職員2人を処理する。

 ……処理と言っても、ここの、ミラに良くしてくれた魔生対の職員に暴力を振るうわけじゃない。ただ、ちょっと意識を弄ってミラを認識できなくするだけ。

 「認識操作・命令:明日の朝まで、ミラの存在に気づかないで」

 壁越しに魔力を放ち2人の思考に介入した。

 一般人や機械にひとつふたつ命令するぐらいならほとんど魔力を使わない。

 だから、転移の魔法少女はミラが部屋を抜け出したことに気が付かない、きっと。


 すれ違う職員に魔法をかけながら、魔生対室長の部屋へと歩みを進める。

 最初の挨拶の時に間取りは確認しているし、執務室に設置されているパソコンが1台、外部からの侵入を防ぐためにスタンドアロンで設置されているのも把握してる。

 重要な情報はきっとあそこにあるはず……。

 執務室の中にある気配は羽佐間彩月の気配ただ一つ。部屋の外から魔法をかけて、そっと扉を開けてその部屋に足を踏み入れる。


 「まあ、そろそろ来る頃じゃないかなって思ってた所よ」

 室内に入り、扉を締めたところでかけられるはずのない声をかけられた。

 声の主は当然、執務机に座る、部屋の主である羽佐間彩月。

 そして、その手で構えられた黒く光る銃……。

 銃口は間違いなく、ミラの頭へと向けられていた。


 「驚いた?魔力もない人間だからって、何も出来ないわけではないのよ?」

 言われた通り、侮っていた。

 どうやってミラの魔法に抵抗したのかはわからないけど、そんなのはどうでもいいぐらいこの状況は詰んでいる。

 根源ペルヴァースノーヴァ強制起動プリムスドーニ・ボチーノクは身体強化も身体保護も全てカットしているから、この状態で撃たれれば普通の人間と同じように傷を負う。

 この距離だとミラが魔法を使うよりも早く銃弾が身体を貫くはず。

 頭を撃ち抜かれれば当然のように死ぬだろうし、左右に動いて躱そうにも、入り口の両脇にはパーテーションが設置されていて動くことが出来ない。

 まさか、魔力保有者でもない普通の人間に追い込まれるなんて思っても見なかった。


 「大丈夫。私は貴方を殺したいわけじゃないから楽にして。こうやって銃を構えたのは貴方に話を聞いてもらうためだから」

 優しい口調でそう言って、羽佐間彩月は銃を降ろした。

 「貴方が欲しがってる情報も、あったほうがいいかなって情報も全部そこのパソコンに入っているから、好きなだけ持っていきなさい。あ、流石に消したら怒るからね?」

 それは、機密を盗みに来た工作員に投げかけるにはあまりに優しい口調で……。

 「私が伝えたかったのはね、『絶対助け出すから、もう少しだけ耐えて』って事。貴方も、貴方のお姉さんもただの被害者よ。泣いてる子供がいるなら大人なら助けるのが当然で、私も、セヴンスもそれをやれる力を持っている。だから、絶対なんとかしてみせるから、もうちょっとだけ頑張って」

 

 温かい言葉に涙が溢れて視界が歪んで……。

 なんでミラに優しくするの?

 ミラは今、皆を裏切っている最中なのに。

 感情は後悔と懺悔と感謝と希望でぐちゃぐちゃになっていて、言葉にならない。

 でも、そう、生きるために、この、優しい人達が手を差し伸べてくれるその時まで行きている為に、機密は持って帰らないと……。

 

 「さて、手品の種も明かしておきましょうか」

 横で作業を始めた私に、まるで気がついてないかのように話を続ける羽佐間室長。

 「実はね、ミラさん。まだそこにいる?私、貴方のことが認識できてないの」


 ……言ってる意味がわからない。じゃあ、どうしてさっきミラに銃を向けられたの?

 「というか、さっきのセリフも全部原稿なのよね。銃がそちらを向いたのも、横においたパーテーションにミラさんの頭の位置を書き込んでおいたからそれっぽい位置に構えられただけ」

 羽佐間室長の言葉を聞いてさっきミラが立っていた位置をみれば、入り口両側のパーテーションにペンで印がつけてあった。

 「単純な話よ。扉が開いたら銃を構えて原稿を読むだけ。どう?それっぽく見えた?……というか、ミラさんちゃんと居るのよね?私、なんかたまたま扉が開いたのに反応して虚空に向かって延々喋ってるわけ……ではないのよね?」

 

 あまりに単純な仕掛けと、続く羽佐間室長の情けない声に思わず笑ってしまう。

 そうだ、こういう人たちなのだ。

 出来るはずがないって思ってることも予想外の手段でなんとかしてしまう。

 突拍子もない手段で、力技で、頭を使って、最終的になんとかしてしまう。

 だから、期待しても良いのかもしれない。希望を持っても良いのかもしれない。

 だったら、を思い出してしまった今でもあの暮らしに、あの生活に耐えられるかもしれない。

 

 だから、一言だけメッセージを残した。

 ちょっと前のミラからは考えられない弱音。

 他人に頼るなんて考えられない環境で育ったせいで思い浮かばなかった言葉。


 ──お願いします。ミラを、姉さんを、生贄ジェールトヴァに居る女の子達を、助けて下さい──


 メッセージの内容が博士にバレたらどうするのって?

 大丈夫、エヴゲーニヤ博士は日本語なんて読めないから!


 


☆★☆★☆★☆


我らはイスカリオテ

 イスカリオテのユダなり!


って若本ボイスが脳内に響いた回

万象の毒牙の勘違い元ネタにしようかと思っていた、ミルトンの失楽園で、ガブリエルが毒杯を悪魔に飲ませたシーンを読み返そうかと思ったら肝心の失楽園が部屋の何処に行ったのかわからなくて困りました。

検索しても出てこないし?

その場面は本当に存在していたのかどうか・・・


ちなみに、ミラさんが出ていったときも扉の開け閉めが起こったので彩月さんは銃を構えて原稿を読みました。




 


 

 

 

 


 

 

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