第33話 牙を剥く悪意

 その日は、早朝から慌ただしい空気が流れておりました。

 朝、日が登るのとほぼ同時に仙台に甲殻類と思しき魔物、札幌に植物の魔物の発生が確認され、仙台の魔物は外骨格を貫く攻撃が必要であるとの分析を受けて、真割さんが仙台へ、セヴンス様が札幌へ出撃。

 しかし仙台の魔物、複数種の昆虫が入り混じったようなその魔物は多数の、小型の幼体を引き連れた群体型の魔物であったため苦戦し、エリア担当の玄武の魔法少女と協力しながら「ぜってぇぶっ殺す一撃!メガデススティンガー」を使用することでこれを撃破。

 ですが、消耗も激しく穿貫の魔法少女は5日間の戦線離脱を余儀なくされました。

 

 セヴンス様は植物の魔物に宿木の槍を打ち込み、その寄生能力を発揮させて危なげなくこれを撃破。

 セヴンス様にはもう戦ってほしくないのですが、わたくし達が北海道まで向かう時間で発生する被害を考えると、ご助力願うほかありませんでした。

 あの日、セヴンス様の身体の事を知って以来、どうしてもうまく言葉を紡ぐことが出来ず、いつも通りの生活をしているのにわたくしだけ黙りがちになってしまい、セヴンス様を心配させてしまっていて心苦しいです。


 2体の魔物を撃破後も、暫く前の大量連続出現時程ではございませんが、散発的に魔物が出現し対応を余儀なくされました。

 この時点で、我々は知性を持った魔物が策略を仕掛けてきたのだと判断し、彩月さんは最大限の警戒態勢を各方面へ打診されました。


 そして、午前9時を少し回った辺りでした。

 最初の報告は、たまたま演習を行っていた自衛隊潜水艦からの報告という形で齎されました。

 静岡の沖の海に何か巨大な、生物的な動きをする何かが居る、と。


 即座に確認のための調査機が飛ばされ、その様子が魔生対へ映像として届けられました。

 そこに映っていたのは、海上故に比較するものがなく正確な数値はわかりかねますが、恐らく100メートルはくだらないと思われる巨大な、蛇……いえ、なんと表現したら良いのでしょうか、巨大な口の付いたモールとでも言ったら良いのでしょうか?

 その全身から短い、いえ、短いと言っても本体のサイズと比較しての話で、実際の長さは数メートルはあろうかという触手をみっしりと生やし、そこに無数の魔物を絡みつかせ、その長い身体を不気味にくねらせながら海を泳いでおりました。


 「仕掛けてきた、のでしょうね」

 彩月さんの言葉に、映像を見て呆然としていたわたくし達は気を取り直しました。

 仕掛けてきた、というのは知性を持つ魔物が勝負を仕掛けてきた、という意味でしょう。

 「アレが意思を持つ魔物とか呼ばれてるヤツの切り札って事?マジ震えてきやがった……怖いです」

 九條さん、口では怖いですと言いながら、眼はどう戦おうかと考えているとしか思えない鋭さなのですよね。

 この方、これでも初動対策課の魔法少女の中で指折りの戦闘狂だったりするのです。義肢の魔法、応用で相対している魔物に有効な装甲なども作り出せるそうなのでかなり支援向きの根源ではあるはずなのですけれど…。


 「ふむ、部下のように魔物を引き連れて?いるわけだし、存外あの触手まみれチューブワームが知性を持った魔物だという可能性もあるんじゃないかな?」

 「それ、やだ。アレが喋ったら怖い、泣く」

 わたくしも、アレが喋りかけてきた所を想像して怖気がしました。

 如月さん、あまり怖いことを言わないで頂きたいです。依霞さん本気で震えてらっしゃるではないですか。


 「あれだけの大戦力ですよ!正面から全力でぶつかってボク達と雌雄を決しようって事ですよね!受けて立ちましょう!ボク達は負けませんよ!」

 いつも通りのハイテンションで一文字さんが気を吐いておられますが、果たしてそれで正しいのかどうか、どうにも疑念が頭をよぎります。


 「アレが本命だとしたらなんで静岡なんて襲うの?東京湾から出てきて霞が関でも襲撃したほうがどう考えても有効じゃない?もしアレが陽動で、本命が別にあった場合を考えたらアレに全力でぶつかるのは悪手でしょ」

 七尾さんの言う通り、あの巨大な魔物が陽動であった場合のことを考えて戦力を振り分けなければ致命的な状態に陥る場合も考えられます。

 一方で、戦力の逐次投入は愚策中の愚策というお話もございますし、私達の意見は割れていました。

 魔物の到着まで今の速度なら恐らく1時間前後でしょうか?

 そう議論に割く時間も残されてはおりません。


 「陽動……、うん、陽動でしょうね。わざわざ海から目立つ登場をして、魔生対の本部から遠く離れた静岡に上陸なんて戦力をこちらに差し向けてください、その隙に別働隊が目的を果たしますって宣言してるようなものよ。

 かといって、あの巨大な魔物とそれに運搬されている無数の魔物たちを放置するわけにも行かないと。まあ嫌な手を打ってくること」

 彩月さんは陽動だと判断されました。

 となれば、どう戦力を振り分けるかが問題となります。


 今から移動を開始したとて、魔物の上陸には間に合いません。

 少なくとも、最初に転移する魔法少女はあの大群とたった一人で戦闘し、足止めをしなければなりません。

 ……いえ、一人では無いのでしょうね。

 この様な危機をセヴンス様が見過ごすはずがございませんから。


 「羽佐間室長、魔物の進行方向からの到着予想地点が笑えない。原発がある……」

 重々しく口を開いたのは、ずっと部屋の隅でご自分で持ち込んだノートパソコンを操作していた細身の少女。鬼の根源を持つ魔法少女、鬼巫女こと月ヶ瀬雛つきがせひなさんでした。

 「これ、浜岡原発。普通の魔物の襲撃なら原子炉に傷なんてつけられっこないけど、あのでっかいのが来たら無理だと思う」

 それだけ言うと、細いフレームのメガネを外し、丁寧にノートパソコンを片付けると、羽織ったパーカーに欠片が落ちるの気にする様子すらなく、備品の棚から取り出したカロリーバーを黙々と食べ始めました。

 

 右目周辺に火傷の痕があるそうで、傷痕を隠すために伸ばされた髪でそちらの眼は伺うことは出来ませんが、海を進む巨大な魔物を映したディスプレイを射抜くような眼差しで見つめています。

 言葉が足りず解りづらいですが、これは彼女の「自分が最初に征く」という意思表示でしょう。継戦能力の高い魔法少女ですし、あの食事は最後まで戦い抜くためのエネルギー確保といったところでしょうか?

 

 「原発狙いとは考えたものね。それであのデカい蛇の魔物を出してきたと……。

 狙いは人さらいとばっかり考えてたからそれは考慮してなかったものね」

 彩月さんはそうつぶやき、しばし考え込んだ後、判断を下しました。

 「陽動を「数」で行ってきた事を考えると、本命は「個」である可能性が高いと読みました。よって、原発の防衛には範囲攻撃に長けた霧と流星、純粋な戦闘力で鬼、あと一文字さん、今日は誰?」

 「魔法使い!範囲攻撃行けるよ!」

 「じゃあ貴方も出撃して。

 まず、最初に転移で鬼に飛んでもらいます。流星は夜勤明けで寝てるだろうから叩き起こして準備させて。完了次第ヘリで向かってもらいます。

 正直、無茶も無理もしてほしくないけど貴方達に託すしか無いの。お願いだから無事に帰ってきなさい!」

 

 司令を受けて慌ただしく動き出す皆様の様子を眺めながら、わたくしはメッセージアプリの着信があったスマートフォンを手に取りました。

 文面はただ一言。


 『怪獣映画の撮影現場に行ってきます。お土産は勝利報告だけでいいですか?』


 とだけ記されておりました。

 セヴンス様の魔力感知範囲なら魔物の群れの規模は理解しておられるはずです。

 その上で、ああ、貴方は笑いながら死地へ飛び込むのですね……。

 同じ戦場へ向かう事さえ許されない状況を嘆きながらも、わたくしもただ一言だけ返事を打ち込みました。


 『無事に帰ってきてください、それだけで十分です。怪我なんてしたら、泣いてしまいますからね?』




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