第31話 魔生対室長 羽佐間彩月の怒り
懇親会の翌日、わたくしは彩月さんの執務室へと呼び出されました。
わたくしの他に呼び出されたのは七尾さんと札月さんの2人。
懇親会を開催するにあたって、札月さんには何か個別に指示が出されておられましたので、その件でしょうか。
先に報告を受けたい様子でしたので、札月さんはわたくし達の暫く前に執務室へと入室しておられす。
ちなみに、セヴンス様はスマートフォンを入手するや否や複数のゲームアプリをインストールして楽しそうに遊んでおられました。
「かきんガチャ」に関して一通り注意はしておきましたが、熱中しておられるようでしたし、どこまでわたくしの言葉を覚えていてくださるか……。
出掛けに声をかけた際も「ひょー!ゼロ年代のギャルゲを彷彿とさせるシナリオ感ですねぇ!」などと奇声を上げておられました。
楽しそうでとても微笑ましかったです。
「水流崎です、入室いたします」
普段通りに扉を開け、室内に踏み込もうとしたわたくしは部屋の主から漏れ出す激情の気配に足が止まりました。
「ちょっと、急に止まらないでよ。危ないじゃない」
背後から七尾さんの抗議の声が耳へ届きますが、それどころではございません。
「大丈夫よ水流崎さん。これは貴方達へ向けた感情じゃないから。ちょっと、抑えが効かなくて申し訳ないけど、怖がらないで入って来てちょうだい」
ひゅっと、七尾さんの息を呑む音が聞こえました。
当然です。ここまで怒気を孕んだ彩月さんの声なんて聴いたことがありませんでしたから。
入室してみると、彩月さんの執務机の上は惨状と表現して然るべきの様相を呈しておりました。
折れた万年筆、引きちぎられた書類、未だ損傷していない電子機器類が奇跡のように感じられます。
本当は手の届くものすべてに当たり散らしたかった所を、ギリギリで理性が勝利したという感じでしょうか?
先に報告を終えた札月さんは青い顔で彩月さんの横に立ち尽くしておられます。
「ごめんなさいね。ちょっと、何かにぶつけないと感情が耐えられない調査結果がいくつも立て続けに出てきて……」
怒気をはらみつつも、泣き笑いのような表情を浮かべる彩月さんに、わたくしはかけるべき言葉が思い浮かびませんでした。
何があって彩月さんはここまで荒れておられるのでしょうか?
「今日は、2つ。2つ伝えるべきことがあります。
ただ、一つは伝えると貴方達は何も考える余裕がなくなるかもしれないから……、無難な、主に私のこの怒りの原因の方から伝えるけど、よろしい?」
「彩月さん、大丈夫なの?」
七尾さんが心配している様子で彩月さんに声を掛けますが、返ってきたのは怒りの笑顔としか表現しようのない表情でした。
「じゃあまず、10年前の魔物被害報告と行方不明者のリストを洗った結果から。
その年の魔物被害者とされてる人数の内、少なくとも100人がそれ以外の要因が原因での行方不明と確定したの。
そのうち52人が若い女性。
まあ、年間の行方不明者がざっくり8万人。そのうち数年内に死亡含めて所在が確認できないのは1割未満で5千人程度って考えれば、少し誤認されてましたって話でおわってしまうのだけど……。
せっかくだから、魔力を持った人間目当てで若い女性を拉致する集団があった可能性を鑑みて、その年の行方不明者を徹底的に洗ってみたの。
結果、10年前のあの年だけ若い女性の行方不明者が突出して多い事実が判明したのね」
彩月さんはそこで一旦言葉を切り、わたくし達にデータの表示されたディスプレイを向けました。
一方で、彩月さんの握りしめた、まだ中身の入っていたエナジードリンクの缶がひしゃげ、中身を撒き散らします。
「で、一応セヴンスさんの名前がわかるかもって思って風鳴市周辺での、魔物被害とされていて且つ、実際には原因不明の行方不明だった人のリストがコレ」
阿笠司(24)、倉木陽子(28)、白井優希(27)、空野光(27)……その他4人。
そこには8人の名前が並んでおりました。
「セヴンスさんに繋がるような、幼い女の子の名前はここには出てきていないのだけど、彼女は普通に行方不明者として登録されてる人間なのでしょうね。
彼女の身元が分からなかったのは残念だけど、まあ、それは良いのよ……」
ひしゃげた缶が手を傷つけているのか、血が流れ落ちておりますが、彩月さんはそれを気にする余裕さえ無い様子で……。
「私さぁ……、学生時代からの友人があそこの街に居たのね?そりゃ、社会人になってからはお互い忙しくなったし、会う機会も減ってはいたんだけど、それでも電話やらメールやらでやり取りはしていたし、何ヶ月に1回かは会って遊んでたのよ。
転職したらブラック企業に入っちゃって、でも、明日辞表を叩きつけてくるから、退職したら一緒に旅行でも行きましょうなんて話をしてた翌日だったのよ、アイツが魔物に拐われたって話を聞いたの」
漸く手の傷に気がついたのか、バツの悪い顔で缶を投げ捨て、しかし、手当をするでもなく血まみれの手で顔を覆われました。
「なんでこのリストにアイツの名前が載ってるのよ……。
確かに、今の職務は誇りを持って臨んでいるわよ?
アイツみたいな被害者をできるだけ少なくするためにって、それを担う魔法少女たちの負担を抑えるためにって、10年必死に駆け抜けてきたのよ?
それが、よく調べてみたら、魔物からの被害じゃなくて国家ぐるみの拉致被害者でしたって?
巫山戯ないでよ。バカ言ってんじゃないわよ。しかもその国が、魔物被害が大きいから魔法少女を貸し出せって散々言ってきてる国よ?
人の国の人間拐って人体実験までしといてまだ要求してくるの?
いい加減にしてよ……っ!」
ご友人が魔物に拐われて、同じ様な被害者をできるだけ少なくするために動いた結果が、現在の「魔力災害および不明現象生物特設対策本部」の設立と、様々な制度であり、彩月さんの功績であると、特に彼女に接する機会の多い初動対策課の魔法少女達は認識しております。
その、動機の最初から全く違う要因が原因だったとなれば、その感情の荒れようもわかる気がいたします。
「そりゃ、彩月さんがブチギレるのもわかるけど、要はアレでしょ?如月センパイが言ってたセヴンスの中に「七人分の魔力根源がある」って話はこの、拉致被害者の根源が何らかの手段で移植されてるんじゃないかって話に繋がるんでしょ?」
七尾さん、こういう場面でも冷静に対処されるのが格好良くて、頼りにされる要因なのですよね……。
一方で、札月さんは彩月さんが声を荒げる度にびくびくしていて小動物の様でした。
「っと、そうね。勝手にキレて喚き散らしてたんじゃ何の情報も伝わらないってのよね」
やっと冷静になったのか、ある程度感情を吐き出してすっきりしたのか、憑き物が落ちたように彩月さんはつかれた笑みを浮かべました。
その、手の切り傷から付着した血液でお顔は酷いことになっているのですが……。
「まあ、大体七尾さんがまとめてくれた通りよ。
水流崎さんや一文字ちゃんみたく、2つの根源を持つ魔法少女は確認されてるんだけど、それでも2つまで。2つの根源でワイヤー、黒雷、勝手に闘う剣、別次元から防御を抜いてくる槍、影移動。この全部と関連付けられるものが思いつかないの。
じゃあ何なのかって考えたら「セヴンス」って名前が気になってくるじゃない?
同じ施設で実験体として捕まっていた他の少女から受け継いだ根源と自分の魔力根源、合わせて7つの根源を持っているから「セヴンス」なんて名乗っている。
ありそうな話よね?」
確かに、自分のために犠牲となった他の人達を忘れないために、その要素を名前として背負う。セヴンス様ならそうなさってもおかしくはありません。
「じゃあ、次は2つ目の報告。貴方達にとってのつらい現実。懇親会で札月さんに指示した内容の報告だけど、気をしっかり持って聞きなさい」
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