第13話 訪問、お嬢の晩ご飯
水流崎さんに拉致されて車に乗せられてから十分少々、高台にある豪華なお屋敷へと案内されている私です。
ヤのつく、最近だと全然儲からないらしいご商売かと警戒しましたが、全然そんな感じではなく、これ単純に家の格が高いとかそういう感じのセレブ感です。
この街私の実家の隣町なんですが、確か、元財閥の流れを組む大地主のお屋敷があるとか聞いた覚えがあります。それがこのお屋敷だったのでしょう。
バブル崩壊にもリーマンショックにもこの長い不景気にも耐えてこのお屋敷が維持されてるとか、経済に明るい一族なんですねぇ……。
案内されたお座敷で、ぽかーんと口をあけてアホ面全開の私を水流崎さんは楽しそうに眺めてらっしゃいました。
「セヴンス様はご夕食はお済みになっておられますか?わたくしはこれからなのですけれど、よろしければご一緒して頂けませんか?」
私の夕食といえば、さっき流し込んだ、いつの間にかウィ○ーの文字が消えてたゼリー飲料2個のみです。断る選択肢は無いんですが、こんな豪邸でご飯とか何を出されるちょっと怖いですよ?
「食べられないものはございますか?宗教上の理由や、魔力根源に関わる理由も大丈夫ですか?」
「あの、あまり高くないものでしたら……。何千円もしそうな果物とか、そういうのは多分味が分からなくなりそうなので遠慮したいです……」
当然中二病が原因で食べられない食材なんて無いので、小市民的アレルギーの申告だけしておきます。
私の答えに、水流崎さんは嬉しそうに頷いてお付きの女性の方に夕食の準備をするように声をかけました。
私が緊張すると思ったのか、ご家族とは別の部屋でご飯を用意してもらったみたいです。
そして、肝心の夕食ですが……。
和食かと思ったらなんか、肉メインの洋食が出てきました。フランス料理、とかじゃなくて洋食です。
ステーキとスープとライスとサラダとかそんな感じの。
私の外見からこっちのほうが良さそうだって作り直したりしてないですよね?私がご飯ご一緒するという情報は食事の数分前に出てきた情報ですし流石にそれはないですよね?
「懐石料理のようなものをご期待でしたらごめんなさい。でも、食後のデザートとの相性を考慮するとこちらのメニューのほうが相性がよかったものですから」
水流崎さんは頬に手を当ててうふふと上品に笑います。
というか、あの笑い方をリアルで見たのも初めてですし、それが似合う人も初めてでびっくりですよ。
食事の内容も高校生の育ち盛りでしょうし、魔法少女の魔力による強化は元の筋力によって効率が段違いなので、戦闘のためのトレーニングもされてるでしょうから肉中心なのも納得です。
高級で、味に全振りで栄養価は脂質どっかんでございます的な肉じゃなくてしっかり赤身の多いお肉でしたしね。いや、私の知ってるお肉の美味しさではなかったですけど。
会社員時代ならこれはガーリックライスで食べたかった所ですが、水流崎さんは花も恥じらう乙女ですし、私も外見上はそれっぽい感じなのでちょっと我慢です。
あとまあ、しょうがないんですが上品な着物姿のお嬢さんが、がっつりフォークとナイフでステーキ食べてるのはちょっと絵面的に違和感がありますね。
「ごちそうさまでした。とても、とても美味しかったです」
一般的な女子高生のお食事よりはかなり多めかなと思われる夕食ですが、米粒一つ、付け合せのコーン一つ残さずきっちり頂きました。
水流崎さんも、食事ペースは私と変わらないはずなのに、綺麗な所作で残さず食べ終えたところでした。
「では、デザートと参りましょう。まだ余裕はございますか?」
おそらく、ソレを楽しみにしていたであろうことが伝わる笑顔でお付きの方へ指示を出して食後のコーヒーを飲む水流崎さん。
この人、和風な家に生まれたけど割と好みは洋風というか、普通の女子高生的な感じなんじゃないでしょうか?
そうしてるうちにデザートが運ばれてきました。
「シュークリーム?」
そう、シュークリームでした。しかし、この、昨今のサクサクしたシューが人気という風潮(いや、10年で変わってるかもしれませんが)に逆らうような柔らかそうな生地に、はみ出んばかりのカスタードクリーム。
先程も言いましたが、ここは私の実家の隣町です。そして、私は自他ともに認める超甘党です。このシュークリームを見ただけで何処のお店のシュークリームかわかるぐらいには県内の有名スイーツは食べ尽くしていました。
「ええ、ご存知ありますか?喫s
「喫茶茜屋のぜいたくシュークリーム!うわ、これ私大好きなんです!」
おおっと、気がはやって水流崎さんの言葉を遮ってしまいました。
しかし、茜屋のシュークリームを出されたらしょうがないのです。ああ、10年前から変わらない形状に謎の安心感を覚えます。
「良かった。お好きなのでしたら遠慮せずお召し上がりください。いくつかおかわりもございますからね?」
微笑ましいものでも見るように笑いかける水流崎さんの言葉に大きく頷き、シュークリームの攻略にかかります。
まず、このぜいたくシュークリーム。生地が柔らかい上にぎっちぎちにカスタードクリームが詰め込まれているので、かぶりついた場合は即座に反対側からクリームがこぼれ落ちます。
いえ、むしろ少し力を入れて持ち上げるだけでもアウトです。
なので、おそらくわざと作ってあるであろう生地の切れ目からスプーンを入れて、まずクリームだけ頂きます。
ああ、昔と同じ甘すぎないカスタードクリームの味が……。
クリームが減ってダイエットを果たしたシュークリーム相手にはもう遠慮はいりません。あとは豪快にかぶりついて幸せを貪るのみです。
ああ、柔らかくて主張しすぎない生地と絶妙な甘さのクリームが、ただひたすらの幸せを口の中に生み出します。生きててよかった……。いや、死んでますけど。
「ごちそうさまでした」
気がついたら3つも頂いてしまっていました。現在の生命維持システム的に、多分脂肪にはならないでくれる……んじゃないかなぁと思います。
「お粗末様でございます」
こちらは1つ食べたあと、楽しげに私を眺めていた水流崎さんです。
「セヴンスさんは、この辺りにお住みになっておられたのですか?いえ、地元の、知る人ぞ知る名店と呼ばれる部類のお店を知っていらっしゃったようなので……」
おおっと、これは身バレの危機……でもないですね。私の容姿から10年前に失踪した女性にはたどり着きようがあんまりないですし……。
というかバレたところでゾンビ状態に行き着く要素が無いので特に困らないのでは?あ、説明に困る予感はしますね。
「はい、10年ぐらい前はこの辺りに住んでました。水流崎さんはどうしてご実家に?初動対策課の魔法少女って、政府の用意した宿泊施設があるんじゃありませんでしたっけ?」
「お休みを頂けましたので、そう遠くもありませんし、弓の鍛錬をしようかと帰宅させて頂いたところだったのです。……実はわたくしも茜屋のシュークリームのファンで、食べたくなってしまったというのも、ございます」
照れたように頬に手を当てて微笑んでらっしゃいますが、もしかして水流崎さんの好物を私が多めに食べてしまって残ってないとかそういう状態だったりしませんかこれ?
しかし、弓の鍛錬ですか。私の記憶が確かならば、なんか隣町の旧家が弓道ではなく実戦弓術、命中率に拘らない速射や移動しながらの射撃、弓が使えない間合いになった場合の
そりゃ、魔法少女としての武器に藤の花が関係なくても弓を選びますよ。
「ところでセヴンス様、わたくしは貴方に命を助けられた身でございますし、同じ魔法少女同士です。水流崎、と名字ではなく理珠、と名前で読んで頂いてもよろしいでしょうか?」
なるほど、と一人で納得してる私に、水流崎さん……いや、理珠さんが眉尻を下げて語りかけます。
自分は名前で呼んで良いけど、私の本名や素性は特に探らないとか、いいとこのお嬢様は人間で来てるんですねぇ……。
どうしましょう?私も礼儀として名前ぐらいは……、いやでも名前はクリティカルに身元が判明するのでこの外見と実年齢差の理由の説明が必要になって……、うーん、地味にアウトなのでは?
「えと、私の名前はちょっと明かせないんですが、それでも私だけ理珠さんってお名前で呼んでも許してもらえますか?」
「ええ、わたくしが呼ばれたいだけなのです。セヴンス様は色々なご事情を抱えてらっしゃる様子ですので、話せる範囲でお話していただければ十分でございます」
そう言って満面の笑みで微笑む理珠さん。いや、儚げな美人ってこういう人を言うんじゃないでしょうか?笑顔の火力がかなり高いです。
「さて、ではお食事も済みましたし、次はご一緒にお風呂でも如何でしょうか?」
……ゑ?
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