アポカリプス・ディビジョン

柏沢蒼海

insect society

女の世界:1 

 ぬくもり、重み、そして……肉の柔らかさ。

 目を覚ますと、そこは自室だった。真っ白な壁、床、強化ビニールのウォーターベッド。

 そして、その弾力のあるベッドの上で2人抱き合って眠っていたらしい。


 わたしの上に覆い被さっている相手の、肩を掴んだ。

 押しのけるようにして、身体を起こす。


 顔と身体中がお互いの唾液と体液に塗れていた。

 むせるような匂いに、思わず顔をしかめてしまう。



「起きたんだ?」


 ついさっき押しのけたばかりの相手パートナーが上体を起こす。

 首筋、胸、太股、わたしが啄むように吸った痕がしっかり刻まれていた。

 


「今日は任務なんて無いでしょ」


「ええ、そうね」


 わたしのパートナー、この世で何より大切な人。

 識別コードとナンバーではなく、お互いに決めた名前で呼び合う――それがわたしと彼女の特別な時間だけのルールだった。



「ねぇ、またシましょ。アリス」


 彼女がわたしの名を呼ぶ。それは正しい名前ではない。

 本当の名前は〈フラワー11073〉

 汎用型人種で特長の無い存在、雑務と防衛戦闘もしくは地上での多用途任務で運用される。


 わたしが個室を与えられているのは、フラワー型だからではない。

 むしろ、汎用型人種で考えられる以上の功績を残したからだ。



「ブルー、シャワーを浴びてさっぱりしない?」


 彼女は〈ウォーター1123〉

 エンジニア型人種で頭が良くて、素直。

 その中でも彼女は特別だった。同じウォーター型でも彼女ほど知的で、愛想が良くて、楽しいセックスができる者はいないはずだ。

 そんな彼女は瞳が綺麗な青色だった。他のウォーター型がブラウンやグレーの色をしているのに、彼女は鮮やかで深いブルー……だから、彼女をブルーと呼ぶことにした。



「イヤ! だって、これから一緒に汗だくになるんだもの。後にした方がいいでしょ。それとも、シャワールームでする方がいい?」


「――しない。わたしが浴びたいだけ」


 ブルーに背を向けて、ベッドから立ち上がる。

 後ろから彼女が追い掛けてくるの足音を聞きながら、一緒にシャワールームに入り込んだ。



 照明を点け、シャワー用のバルブハンドルを回す。

 頭上から降り注ぐ温水を浴び、部屋が湯気で満ちていく。


 すぐ後ろにいたブルーがわたしを拘束するかのように抱きついてきた。



「ねぇ、アリス」


 彼女の声と吐息が、耳にかかる。

 わたしの身体に絡めた腕が、指先が、肌を撫でていく。



「――知ってる? オトコに卵を植え付けられるのって、気持ちいいらしいよ?」


「くだらない、わたしはオトコなんかに負けたりしない」


 わたしたちが住んでいる『ハイヴタワー』は定期的に攻撃を受ける。

 それはわたしたちの資源や技術を強奪しようとする存在。女の敵、人類の文明を破壊に追いやった「オトコ」という生物だ。


 見た目はわたしたちと同じくに近い。

 だが、オトコというのは愚かで、残忍で、原始的で、野蛮だ。


 わたしたちはタワーのマザーマシンから生まれ、保育器から出れば教育を受けて、それぞれの遺伝子情報を元に適切な配属先を割り当てられる。

 そして、たまにはわたしのような遺伝子情報に縛られない者もいたりする。とても珍しいらしいが。




 オトコは地上や地中に放棄された兵器を運用していた。

 ぞろぞろと旧型兵器でタワーを襲撃して、物資や技術を奪い、わたしたちを捕まえて自分達の子供を産ませる――そうやって、オトコという敵が増えていく。

 オトコに捕まるということは、死ぬより屈辱的だ。

 わたしだけならまだしも、タワーを守れなければブルーもヤツらの手で悲惨な目に遭うだろう。


 ――だから、負けるわけにはいかない

 



「アリスは、さ」


 彼女がわたしの前に回り込んでくる。 

 いつになく真剣な表情で、わたしの目を覗き込んできた。





「ちゃんと帰って、くるよね?」


「もちろん、オトコなんかに捕まったりしない」

「いいの? もしかしたらウチとするより気持ちいいかもしれないよ?」



「わたしは、ブルーが1番だから」


 彼女が不安に感じるのは当然だ。

 これまで親密な関係になった者は何人も行方不明になっている。

 『ウォーター1123ブルーが整備した機体に乗ったら帰って来れない』『彼女に愛されると死ぬ』

 そんな陰口が絶えなかった。


 でも、わたしは何度も生還している。

 これからも、絶対に帰ってみせる。




「ありがと、アリス」


 

「ブルーの腕が良いからだよ、おかげでわたしの機体は最高のパフォーマンスで戦えてる」

 

 わたしに与えられた『ホーネット・ナイト』は特別な機体だ。

 『ホーネット型』は様々なバリエーションが存在するが、わたしの機体はそれらとは異なる次元の性能を持つ。

 基本的にわたしたちの装備には脱出装置は存在しないが、わたしは特例としてそういった装備を許されている。




「アリスは、本当に真っ直ぐだよね」


 ブルーがわたしを抱き寄せる。

 彼女の豊かな胸が押し付けられ、その柔らかさの中で主張する突起の固さをはっきりと感じた。


 不敵に笑う彼女の表情に、わたしも気持ちが昂ぶっていく。

 背中に回されていた手が、ゆっくりと腰へと降りてくる。

 より身体を密着させていき、顔を寄せて互いの吐息が感じる距離まで唇を近付けていった。


 いつものように、お互いの気持ちをぶつけあうような濃厚なキスが始まる――と思っていた矢先。


 シャワールームにまではっきりと届くようなサイレンが鳴り響く。 

 それは、敵襲を知らせる警報だ。







「――オトコ共か」


 わたしはブルーの抱擁から解き放たれ、シャワールームのドライヤーのスイッチを入れた。

 様々な方向から吹き付ける熱風が身体と髪の水気を吹き飛ばす。

 ドライヤーが止まるより先にわたしはシャワールームを飛び出し、脱ぎっぱなしのスーツを着て、ヘルメットを手に取った。




「行ってきます」


「……うん、帰ってきてね」


 わたしは振り返らず、そのまま部屋を出る。


 彼女がどんな表情をしていたか。それを気にしてしまえば、きっとそれが頭の中に残ってしまう。

 いくらオトコの兵器が旧式とはいえ、あちこちのタワーが破壊されているのは事実だ。

 油断は命取りになる――どんなに高性能な機体に乗っていても、やられる時はある。



 わたしの機体が置かれている格納庫まで向かいながら、ふと忘れていたことを思い出した。




 ――また、って名前の理由を聞けなかったな。



 ブルーがわたしに付けてくれた唯一の名前『アリス』

 その意味や由来を聞こうと思っていたが、未だに聞き出せていない。


 わたしが彼女に付けた名前のセンスに比べて、『アリス』という言葉の響きは最高だった。

 特別なわたしを、さらに特別な存在として扱ってくれている。

 そんな彼女の気持ちが伝わってくるようだった。




 ――さっさと片付けて、今度こそ聞こう。


 耳障りなサイレンを全身に浴びながら、わたしの心と身体は溢れんばかりの闘志に満ちていた。

 最高のコンディション、気持ち、絶対に負けるはずがない。


 いつものようにパートナーと過ごし、いつものように出撃して、いつものように敵を倒す。

 これは、いつもどおり。


 変化のない、わたしの日常。

 

 

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