還付金

山田貴文

還付金

「申し訳ございません。私どものミスで、本来あなたが受け取るべきお金をお渡しできていなかったのです」


スーツ姿の男性は彼に頭を下げた。


気がつくと、彼は応接室のような場所にいた。自宅で夕食を食べ終え、シャワーを浴びようとしていたのだが。


これは夢ではない。目の前の男性はいわばあの世の役人である。何らかのミスで、本来彼がこの世で受け取るべきお金を受け取り損ねていたので、その謝罪と補償のためここに呼び出されている。


彼はなぜか自分がおかれている状況を一気に理解した。


「その通りです」


男はうなずいた。


「ちゃんと説明すると時間がかかるので、私とあなたがここにいる理由をあなたの脳に流し込んでおきました」


「なるほど。それで、いくら返してもらえるのですか?」


「具体的な金額は言えませんが、あなたからすると結構な額になるはずです」


「なぜかお金が貯まらなかったのはそのせいか。私の年齢なら、もっと貯金があってもいいはずなのに」


「いえ、それは単なるあなたの無駄遣いです。そうじゃなくて、あなたは本来もっと収入があったはずなのにそれが私たちのミスで少なくなっていたのです」


「はっきり言いますね。でもお金をいただけるのはありがたいです。もっとお金があったら広い家に住めたはずだし、とっくに結婚もできていたはず」


「最後のはどうだかわかりませんが」


「そこは流してくださいよ。落ち込むから。では、私の銀行口座に振り込んでいただけますよね。いつになりますか?」


「それがですねえ、申し訳ないのですが、私たちも無から有を作ることができないのですよ」


「どういうことですか?」


「この世に生じていないお金をいきなり出現させて、口座に振り込むのはちょっと無理なんです」


「じゃあどうやって私にお金を返してくれるのですか?」


「あなたが既に使ったお金を使わなかったことにできます。あなたが過去に無駄遣いだと思った支払いを帳消しにするのです。取り消した金額を銀行口座に入れておきます」


「本当ですか?それは助かる」


男はどさっと、分厚い紙の束をテーブルの上に置いた。そこには彼がこれまでの人生で使ったすべてのお金の明細が記されていた。


「アナログですけど、これが一番わかりやすいですからね。これはいらなかったと思う支出に印をつけてください。その分の金額が返ります。もちろん上限はありますが」


「ありがたい!」


「ひとつ注意事項があります」


「何でしょう?」


「支払った金額と共にそのお金を使った記憶も消えてしまいます。そこはご注意ください」


「どうせ無駄だと思った支払いです。記憶なんか消えてもかまいません」


彼は渡された赤ペンを手に一心不乱に使わなければよかったと思う支払いに印をつけ続けた。


買わなくてよかった品物。食べてまずかった料理。行ってもつまらなかった飲み会や旅行先。身につかなかった習い事の授業料。振られた彼女に使ったデート代やプレゼント代。損失を出した株の購入資金等々、対象はいくらでもあった。


まさに気分は断捨離で彼はあれもいらぬ、これもいらなかったと過去の支出に印をつけまくった。それは男が「そこでストップです」と言うまで続いた。還付金の上限に達したらしい。


気がつくと、彼は自分の部屋にいた。夢にしては生々しかった。まさかと思いながらネットで自分の預金残高を見ると、嘘だろ?と思うほどの多額の金額があった。それは最近入金されたものではなかったが、いつからなのかは追えなかった。まるで元からそこにあったかのようだった。


「よし、これから人生を建て直すぞ!」


彼は両手を上げて絶叫した。


そこから彼の浪費生活が始まった。いらない物を買いまくり。口に合わない外食やつまらない旅行。明らかに向いていない習い事。高額なマッチングアプリに入会して成果なし。最後は誰が見てもわかりそうないんちき投資話に欺され、貯金を使い果たして多額の借金を負うまでにそう時間はかからなかった。


彼が失ったのは無駄と思ったお金を使った記憶だけではない。その時に学んだお金の使い方も一緒に捨ててしまっていたのだ。

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還付金 山田貴文 @Moonlightsy358

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