死への抵抗

@taiga181122

死への抵抗

 ある日、世界各地で発見された地面の謎のくぼみ。それにはある宗教が絡んでいるのかもしれない。



 20xx年、世界では「死後の行き先は地である」という教えが主流になっていた。命あるものは皆、それを全うした先には永遠の地獄が待っている。という教えである。しかし奇妙なことに、その教えを開いた物の姿を見たものは誰もいないという。

 教えが広まって以来、人々は皆、あらゆる手段を駆使して死に抗った。酒、コーヒー、たばこ、いわゆる嗜好品の価値は暴落し、健康食品の人気は急上昇し、医療は目まぐるしい発展を遂げた。世界の平均寿命は100歳を超えた。各地では度々謎のくぼみが地面に発見され、中には突然目の前にくぼみが現れたと証言するものもいた。

 勿論、教えを信じないものもいたが、彼らによって世界の政治はなんとか成り立っていた。信者達の大半は肉体労働の伴う為政者となることを好まず、為政者の希少価値は急増。定員不足になり資格難度も低くなったことで、非信者は挙って為政者を志した。稼げるからだ。就くのが難しい職業はもはや医療関係と研究職のみだった。

 世界の殆どの国は政府を小さくせざるを得なくなった。人々はたばこ、酒は愚か、暴飲暴食すらしなくなったのだ。健康に悪い娯楽などの人気も薄れ、世界の殆どの企業は廃業に陥った。税収が減ったため、いってあらゆる税金を取っ払い、小さな政府となる国が増えたのだ。

 一方で、医療はとても発展した。がん、感染症、あらゆる病の治療法が確立され、それらによる死亡率はほぼ0になった。しかし、死亡率はさほど変わらなかった。というのも、カロリー制限によりサーチュインタンパク質が発現し、寿命が伸びるという誤った情報が世界中で注目されたからだ。老若男女古今東西問わず常にカロリー制限をするのが当たり前になり、先進国での新型栄養失調が増えた。特に成長期の若者に多かった。人々の中にはその誤りに気づき発信するものもいたが、熱狂的な信者達には届かなかった。事実、生後すぐから正しくカロリー制限をすると寿命は伸びるため、子どもにうまく活用する有識者なども注目を集めていたため、一般人には勘違いが広まる一方だった。

 医療は発展したものの、病院に行けるのは富裕層だけだった。医療保険制度がないからだ。そこで注目を集めたのが健康食品だ。こちらも医療と同じように急速な成長を遂げていた。毎年1本飲めば骨粗装症にならないもの、食前に1粒の摂取で血圧が常に一定になるもの、おやつ感覚でがん細胞を破壊できる商品など、様々な商品が発売されている。それもあって、いつしか研究者は、医者に続く人気を誇るようになっていた。

 もう一つ研究者が人気になった理由がある。医療の進歩を目的とされていた科学技術の発達が、タイムマシーンに現実味を帯びさせていたからだ。タイムマシーンの開発は、未来と現在の境界を実質的になくすことを意味する。何億年も未来にタイムリープすれば、実質的に永遠に生きていくことができる。というのは表向きの広告で、研究の費用を信者から巻き上げるためのものだ。実際、研究者達はそこまで遠い未来に跳躍する事は考えていない。この短い期間で急速に発展した現代の医療を見れば、嫌でも未来の医療に期待したくなるものだ。何万年という未来に跳ばなくとも、近い未来、多くとも100年後にテロメアの研究が進んでいても全くおかしくない。研究が進んだ未来に跳べば、本質的に永遠に生きていけるのだ。教育格差が生じた現代では、一般人にはそれに気づくことはできないのだ。

現実と未来の境界をなくすという意味では、コールドスリープも注目されていた。しかしコールドスリープ状態を解凍するのは誰か。未来の人間だ。自分の命を他人に預けるものはそういなかった。

 このように、人口の殆どが信者となったが、その殆どの長生きという願いは叶わなかった。僅かな非信者や、富や名声をもった人間のみが世界を牛耳るようになっていた。今や世界の殆どの謎が解明されつつあり、教育を受けたものとそうでないものの将来の格差は広かっていくばかりだ。それでもただ一つ、なんの緒も掴めていない問題がある。それは、地面のくほみ。教えが広まったのと同時期に各地で発見され始めた、地面のくぼみだ。地面のくぼみと長寿、世界の誰一人、それらを無関係のものとして考えていた。そこが大きな間違いだった。


 相対性理論。物体の運動が高速に近づけば近づくほど、その物体は運動の方向に縮み、質量が大きくなり、時間の流れは遅くなる。

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