48 償い
ある日の夜中に目が覚めました。兄は眠っていて、僕はどうしたものかと思いながら、とりあえずリビングに行き、水を飲みました。
ソファに座ると、梓が隣に居ました。たまにはとことん付き合ってやるのも悪くないかもしれない。僕は彼女と話しました。
「あなたたちのやったことは、犯罪だよ。殺人に死体遺棄。立派に名前がついてる。法で裁かれなければならないものだよ」
「そうだね。裁判を受けて、服役しなきゃいけないだろうね」
人は罪を犯すものだ、と梓はいつかと同じことを言いました。罪の種類は様々です。人は誰でも、罪を抱えて生きています。
僕の場合は、生まれてきたこと自体が罪でした。でもそれは、誰も裁くことのできない罪でした。
だから兄は、裁く代わりに、僕を陵辱し、自分のものにしました。それを受け入れることが、僕にとっての許しでした。
「瞬。許されよう。あなたは法廷に立つの。それが社会に対しての責任だよ」
もう犯してしまったことは仕方がありません。これからどうするかです。いくら心の内で梓を想っても、それは許しになりません。
しっかりと償えば、また兄に会えて、幸せな生活が送れるのではないかと思いました。実際に殺したのは兄です。彼の方が服役は長いでしょう。それなら待つだけです。
一生をかけて兄を愛したいのであれば、それが真っ当なことだと僕は考えました。しかし、兄を説得するのは無理でしょう。
兄に罪の意識があったのか、僕は確かめることはしませんでしたが、少なからずは感じていた筈です。
一度、梓が兄のもとにも出てきたのがその証拠でしょう。兄だって、悔いていた。悩んでいた。兄も一人の人間なのです。
僕は、僕と兄をとりまく呪縛から解放されることにしました。梓の言っていた通り、社会に対して責任を取るのです。
僕は交番に駆け込みました。吉野さんが驚いて僕を見ました。
「どうした、瞬くん。まあ座りなさい」
「僕、僕、人を殺しました。僕を捕まえてください」
吉野さんは、僕が錯乱してそんなことを言ったのだと決めつけていました。精神障害だとは伝えていましたからね。当然の反応です。 彼は兄に連絡を取り、呼び寄せました。
「吉野さん、申し訳ありません。また弟が迷惑をかけて……」
「いや、いいんだよ。それより、人殺しをしたっていう妄想に取り付かれているみたいなんだ」
「実は、アルバイト先の先輩が殺されたんですよ。その人を、自分が殺したって思い込んでいるみたいで。彼女の死がよっぽどショックだったみたいですね」
「そろそろ入院とかさせた方がいいんじゃないのかな?」
「考えておきます」
家に帰ると、僕は顔を殴られました。
「どうしてあんなことを言った! 自首するなって言ったろ!」
「耐えられなかったんだ! 兄さん、罪を償おうよ!」
「こいつ……!」
兄は僕の首を絞めました。兄の手で殺されるのなら、それもいいと思いました。僕は抵抗しませんでした。気を失いました。
僕が立っていたのは、一面のヒマワリ畑でした。晴天が広がっており、ヒマワリの切れ目は見えませんでした。白いワンピースを着て、麦わら帽子をかぶった梓が、髪をなびかせて手招きをしていました。僕は彼女の正面まで行きました。
「ここがあたしの世界。素敵でしょう?」
「うん。素敵だね。夏生まれだもんね。よく似合うよ」
梓の後について少し歩くと、木でできたベンチがありました。そこに座り、風に揺れるヒマワリを眺めながら、彼女と話をしました。
「梓、これは夢?」
「うん、夢だよ。あたしはもう死んでる。あなたの兄が殺して、あなたたち二人が埋めた」
「遠い話のように思うよ。僕は償うことすらできやしない。こんな僕をどう思う?」
「みじめだね。でもね、あたしは瞬のことが好き。嫌いになれない。こんなに酷いことをされたのに、不思議だよね」
僕は梓にキスをしました。彼女は冷たい目をしていました。
「瞬はまだ、生きているよ。残念だったね。殺されれば楽だったのにね。目が覚めれば、あなたの兄さんが居るよ」
「そろそろ、覚めるのかな?」
「うん。あたしはまた、瞬に会いに行くね。ここに来てくれてありがとう」
兄の慟哭が聞こえました。僕はゆっくりと目を開けました。
「瞬! 瞬! 生きてるか。生きてるのか。そっか。殺さなくて良かった」
「僕は、生きてるよ」
「ごめんな、ごめんな。殺しちまったかと思った。もう首を絞めたりしないから。兄さんのこと許してくれ。なっ?」
僕は兄の頬をさすりました。涙をぬぐってやり、キスをしました。
「僕の方こそ、自首なんかしようとしてごめんなさい。もうしないよ」
しばらく身体を横たえた後、服を脱がせ合い、ゆっくりと肌を触れ合わせました。もう僕は何も考えなくていい。兄の望む通りにしていればいい。
頭を空っぽにすると、肉体が過敏に反応しました。兄に軽く触られるだけで、僕はのけぞりました。
「今日はやけに反応いいな……死にかけたからか?」
身体中にキスをされ、僕は声をあげました。兄は、笑っていました。
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