37 発覚
体調もすっかり良く、規則正しい生活を送っていた僕は、朝になると何だか物足りなくて、ウォーキングをすることにしました。
七月になり、六時頃に兄の家を出てもかなり汗ばみましたが、大きな公園をぐるりと一周することが日課になりました。
すると、私服の吉野さんに出会ったのです。
「やあ、君はいつかの」
「二回もお世話になりましたね。今はかなり、調子がいいんです」
「名前、聞いてなかったね」
「福原瞬です」
吉野さんは、非番の日は、僕と同じように外を歩いているとのことでした。彼と一緒に歩きながら、色んな話をしました。
一人息子はやんちゃで、高校生までは手がかかったそうです。吉野さんは、厳しくしすぎたと後悔していました。
今は建築業をしているらしく、ようやくまともになったと吉野さんは笑いました。
「瞬くんは大学生だよね。就職、どうするの?」
僕も三年生。そろそろ本格的に考えねばならない時期になっていました。インターンなんかは、そろそろ始まると友人から聞いていました。
「実は全然考えてなくて……」
「警察官なんてどうだい? なーんてな」
殺人者の兄を持ち、それに加担した僕が本当に警察官になれば、滑稽なことでしょう。僕には向いていないと思うので、と濁しました。
吉野さんとの会話は楽しかったです。彼は犬が好きで、散歩しているのを見かけては、飼い主さんに話しかけに行っていました。
地域の人たちも、吉野さんが警察官だと知っている人が多く、一緒にいる僕も犬を触らせてもらうことがありました。
そんな交流のことを、兄は知っていました。僕から話したんです。
「まあ、警官が味方だと後々有利かもしれねぇな」
「というと?」
「メスガキが見つかった時だよ」
そして、本当に梓の遺体は見つかってしまいました。夏休みに入った直後のことでした。山中で、腐乱した女性の遺体が発見されたとニュースになりました。
僕は起きている間中、そのニュースを追いました。しかし、特に進展は無く、他の話題に追いやられていきました。
また、梓が現れるようになりました。夢の中で僕の首を絞めた後、目覚めてもベッドのふちに腰かけて僕を見ていました。
「消えろ! 消えろ!」
僕が暴れると、兄が羽交い締めにしてきました。
「落ち着け。今度久しぶりに精神科行こう。なっ?」
服薬を再開しました。今度はもっと重い睡眠薬が処方されました。僕がニュースばかり見るので、スマホは取り上げられました。テレビを見ましたが、女性の遺体のことなどもう取り上げてはいませんでした。
薬のお陰で、気を失うようにして眠ることはできたのですが……実はこの頃、あまり記憶がありません。
兄と離れると、すぐに梓が出てきたような気がします。印象に残っている会話というと、次のようなものでした。
「そろそろ自首する気になった?」
「それは、兄さんがダメだって」
「何でも兄さんの言うとおりにするの?」
「だってそれが正解だから」
「瞬の意思はそこにはないの?」
「僕は何も考える必要なんてないんだ」
梓はしきりに自首するよう求めてきました。吉野さんになら、思いきって言えるかもしれないとまで思いました。
でも、当時の僕は、食事や入浴も一人ではままならず、全て兄に手伝ってもらっていました。外に出るなんて、とんでもないことでした。
辛うじて、昼夜が逆転することはありませんでした。夜になると薬で眠れるし、悪夢はもう見ませんでした。
ある昼のことでした。ソファに座ってぼおっとしていると、梓が隣に座ってきました。
「瞬。あたしのこと、好きだったよね?」
「うん。大好きだった」
梓は握りしめた僕の拳の上に手の平を乗せました。
「だった? 今は?」
「今は……兄さんのことしか考えてないから」
「嘘だ。こうしてあたしを呼んでるじゃない」
「違う。梓が勝手に出てきているんだ」
「瞬は脳を病んでる。瞬はあたしを意識している。考えてる。だからここに居るんだよ」
梓が僕の妄想の産物だということくらい、頭ではわかっているつもりでした。梓の魂なんていうものはない。亡霊は居ない。それが兄の教えでしたから。
「ねえ、どうすれば消えてくれるの?」
「瞬が生きている限り、あたしは現れ続けるよ」
「こんなのもう、耐えられない。もう終わりにしたい。お願い。僕はどうすればいい?」
「おいでよ。あたしのところに。全部許してあげる。受け止めてあげるから」
僕は家中の薬をかき集めました。ダイニングテーブルの上に、二リットルの水のペットボトルを置き、ごくごくと薬を飲んでいきました。
はい。そうです。
梓の所へ行くには、それしか無いと思いました。僕はこうして生きているわけですから、失敗したというのは自明ですね。
その時、長い夢を見たんですよ。現実と勘違いするほど鮮明な。その内容は、しばらく僕の頭に残り、消えませんでした。メモも取りました。なのでお話できます。
語りましょうか。その夢の内容を。
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