26 吸い殻
記者さん。ここでようやく、半分といったところですね。兄が梓を殺したいきさつはこうでした。あまり気分のいいものでは無かったでしょう?
ところで、スコップとシャベルという言葉は、地域によって意味が逆転するそうですね。僕にとっては、大型の方がスコップです。
さて……そのスコップを使う羽目になりました。兄がホームセンターで二つ、買ってきたんです。
一緒に夕食のパスタも買ってきてくれたんですが、僕は要らないと言いました。すると、頭を殴られました。
「生き物は食わねぇとな。瞬、お前、生きてるんだぞ。食って体力つけとけ。持たねぇぞ?」
とても長い時間をかけながら、パスタを食べきりました。これからさせられることはわかっていました。
深夜になってから、兄が梓を背負い、僕が後ろから支える形で、家から車の後部座席へと移しました。
助手席で僕は、何度も座る位置を動かしました。兄に傷つけられたところが痛くてまともに座れなかったのです。
一時間ほど、山道を走りました。兄は黙っていました。僕は彼の顔など見ることができず、お尻を動かしながら、ただ窓の外をぼんやりと眺めていました。
兄に指示されながら、スコップで土を掘りました。最初は兄も一緒にしてくれていましたが、途中で飽きたのか疲れたのか、タバコを吸い始めました。僕は手を休めませんでした。
ぐっしょりと汗に濡れました。やっとの思いで十分な穴ができ、兄が梓を裸にして、その中に放り込みました。服は後で燃えるゴミに出しました。
土をかけながら、心の中で梓に懺悔しました。結局僕も、加担してしまったんです。隠してしまったんです。
帰りの車の中で、兄はこう言いました。
「もう後戻りできねぇぞ。立派な共犯だ。瞬、いいな? 自首しようだなんて考えるなよ?」
「はい……」
それから、こんなことも言われました。
「やっぱり慣らしとかなきゃダメだな。俺も痛かったわ。瞬、これからじっくりやってやるからな?」
再び、僕は兄の玩具になりました。しかもどんどんと手酷い遊び方をされることが決まりました。
兄は機嫌が良さそうでした。口笛を吹き、夜のドライブを楽しんでいました。梓を捨てたことは、吸い殻を灰皿に落とすくらい何でもなかったかのようでした。
帰ってから、兄と一緒にシャワーを浴びました。兄は僕の身体を指で洗ってくれました。
「当分痛むだろうな、ここ」
「触らないでください……」
僕は泥のようにベッドに沈み、眠りました。翌日は二人ともアルバイトがありましたが、休みの連絡を入れてくれるよう兄に頼んでいました。
兄は平然とアルバイトへ行ったようでした。ちなみに梓もシフトに入っていたのですが、兄が彼女のスマホから、もう辞めたいという連絡を店長にしたそうです。
「メスガキのこと色々聞かれたよ。お前も休みだったしな。まあ適当に濁しといた」
夕方に帰宅した兄は、スーパーの袋をぶらさげていました。それから親子丼を作ってくれました。僕は朝から何も食べていなかったので、それにがっつきました。
僕は生きていました。だから腹が減りました。梓を失って、それでも食べて、生きなければならないのでした。
考えていたのは、捜査の手が及ぶことでした。梓の口振りからは、親とはあまり連絡を取っていなさそうでした。しかし、いつかの時点で気付くでしょう。
捜索届が出されて、監視カメラなんかを調べられたとしたら。間違いなく僕たちは終わります。
「兄さん、バレたらどうしよう……」
「とりあえずメスガキのスマホは俺が操作するよ。上手いことやっとく」
ベッドに入り、僕は兄にくっついて泣きました。梓を死なせてしまったこと。捨てたこと。警察のこと。全てがぐちゃぐちゃになっていました。
兄はその日、僕を抱きも抱かせもしませんでした。服を脱がず、ただ寄り添ってくれていました。
「なあ、瞬。もうこれで、俺たちは離れられない。兄弟で、恋人で、共犯者なんだ。一生離れないぞ」
「そうだね……」
僕は兄に舌を絡めました。もう十分すぎるほど、僕の精神には負荷がかかっていました。求めるのは、兄以外にありませんでした。
「兄さん。伊織兄さん。僕のこと、見捨てないで」
「見捨てねぇよ。不安になるな。お前は俺の言うことだけ聞いてればいいし、何も考えなくてもいい」
「ありがとう、兄さん」
翌日は、大学に行きました。同級生たちに、連休はどう過ごしていたか聞かれ、バイト詰めだったと答えました。
この時はまだ、社会生活を営むことができていました。アルバイトにも行けました。突然辞めてしまった梓のことを、皆が心配していました。
そこで兄が芝居を打っていました。梓の家に行き、ファミレスの制服を彼女から預かったことにして、返却したのです。
「彼女、親御さんとの関係で思い詰めていたらしくて……心配なんで、俺もちょくちょく様子見に行きますね」
そう店長に言っていたのを、僕は聞いていました。
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