18 クリスマス・イブ

 クリスマス・イブの日も、僕はアルバイトに入っていました。兄と梓さんもです。ディナータイムを終え、三人で退勤しました。

 そのまま帰ろうとしていたら、兄がこんなことを言いました。


「せっかくのイブなんだし、俺の家でケーキでも食べない? コンビニ行ったらまだ残ってるだろ」

「わあっ、いいですね!」


 梓さんははしゃいでいましたが、僕は気が気ではありませんでした。ちなみに首の絆創膏は、爪で引っ掻いてしまったと苦しい言い訳をしていました。

 コンビニでケーキを買い、兄の家に行きました。兄は折り畳み式の椅子を出してきてダイニングテーブルにつけ、そこに自分が座りました。梓さんが辺りを見回して言いました。


「坂口さんの家って広いんですね」

「まあ、物が少ないから。広く見えるだけだと思うよ」


 コーヒーと一緒に、ケーキを頂きました。その時の僕は、兄が純粋にケーキを食べたかったのか、それとも他の意図があるのか、疑心暗鬼になっていました。

 幸い、コーヒーはまともな味で、何も入っていなさそうだとわかりました。淹れる様子をじっと見ていましたが、混ぜる様子はなかったですしね。

 兄と梓さんは映画の話を始めました。僕が観たことがなかったものだったので、ただ聞いていただけでした。

 ケーキを食べ終わり、兄は僕と梓さんの顔を見比べて言いました。


「二人、仲良いけど付き合ってるの?」


 梓さんがぶんぶんと手を振りました。


「違いますよー。まあ、仲は良いですけどね。瞬くんは弟みたいなものです」

「あははっ、そっか。俺にとっても、瞬くんは弟だなぁ」


 ひとまず彼らに合わせておこう。僕は作り笑顔をしました。


「これからもお願いしますね、兄さんに姉さん」


 一刻も早くこの場を立ち去りたかったのですが、兄は冷蔵庫から缶ビールを取り出しました。梓さんは喜んでそれに飛びつきました。飲むしかありませんでした。

 ただでさえ、アルバイトで疲れていました。そんな身体にアルコールを入れるとどうなるか。僕はちびちびと飲みました。

 兄と梓さんは、飲み比べようか、だなんて言い始めて、早いペースで缶を開け始めました。僕が止める隙もありませんでした。


「あたし、坂口さんには嫌われてると思ってました」


 とろんとした目で梓さんが言いました。


「ごめんね。年下の先輩だし、遠慮があってさ。しかもこんなに可愛い女の子だし」

「あたし、可愛いですか?」

「可愛いよ。俺が十歳若かったら口説きたかったくらい」

「えー? 今からでも口説いていいんですよー?」


 兄は本当に口先だけのことが上手い人でした。僕の知らないところでも、こうして本性を隠しているのだと思うと、ますます恐ろしくなりました。

 梓さんは酔いが回りきったのか、ダイニングテーブルに突っ伏して寝てしまいました。兄が彼女をソファに運んで寝かせました。


「瞬。寝室行くぞ」

「えっ……」

「早くしろ。可愛い梓ちゃんが起きちまうぞ?」


 この状況です。兄が梓さんを襲う危険性だってありました。僕は大人しく寝室に入り、いつものように兄を抱きました。声はかなり抑えて。


「瞬、必死だったな」


 裸のままタバコを吸い、兄が笑いました。僕は手早く服を着ようとしていました。その手を兄は止めました。


「まあ、お前も一服しろって」

「はい……」


 仕方がないので、僕もタバコに火をつけました。今、梓さんが起きてきて、この現場を見られたら、申し開きができません。僕はちらちらと兄の様子を伺いました。


「そんなにバレたくないの?」

「そりゃあそうですよ」


 タバコを吸い終わり、服を着て梓さんの様子を見に行くと、安らかな寝息をたてていました。後ろから兄が言いました。


「今ならキスくらいできるんじゃねぇか?」

「そんなの、しません」


 梓さんの寝顔を見ていると、そうしたい衝動には駆られました。けれど、合意の上でないと。僕はまだ、彼女との付き合いを夢想していました。

 兄もお酒がきつかったんでしょうね。一人でさっさと寝室のベッドに行ってしまいました。僕はどうしようか迷いました。

 しばらくは、ダイニングテーブルのところでスマホをいじっていました。日付が変わる頃、ふと思い立って兄の様子を見に行きました。ぐっすりと寝ていました。

 僕はそっと外に出ました。一人になれた瞬間、清々しい気持ちになりました。夜空を見上げると、星が瞬いていました。

 今頃、サンタクロースがプレゼントを配り回っているのだろうか。僕は近所の公園まで来ました。

 スマホとタバコは持ってきていました。僕はベンチに座ってタバコを吸いました。夜風が冷たく僕の髪を揺らしました。

 僕さえ我慢すれば、この三人の絆は保たれる。そう思いました。そして、梓さんには想いを打ち明けないでおこうということに決めました。

 ねえ、記者さん。ここまで聞いて頂いたんです。僕の無垢な気持ち、わかってもらえますよね。それがズタズタにされて、僕がどれだけ傷付いたのかも。もう少しお待ちください。順番に全て話しますから。

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