第1話 異世界転性 その3
残念でした。夢から覚めませんでした。
そういう訳で俺の前には現実が付きつけられた。現実ってつらいね。だってお腹がすくんだから。
そういう訳で現実逃避は止めて前向きに動くことにする。
まずはここが何処かだが、目が覚めた時にはここに居て湖ばかり眺めていたんだよな。
「どれどれ、周りはどうなってるかな」
立ち上がって振り返ると。
「ふむ、周りは森か。で、森の向こうに見える山の形は見覚えがあるぞ」
それはアルプス山脈を思わせる峰に雪が積もった白い山だった。
「ってことはここはアレフ村の傍にあるイールの湖か」
アレフ村とはRPGではお約束の始まりの集落である。王国の素朴な村でここから主人公が旅立つのだが、こんな田舎から大量の英雄が排出されるとかどんな特異点だよってツッコミを入れたい。
だがそれはいい。そんなことよりこの村は始まりの場所だけあって周辺は比較的安全だし、それに物価が安い。
システムウインドウを開いて所持金を確認すると、1000メールあった。これだけあれば武具の安いやつと数日分の生活費にはなるだろう。
これを元手に冒険者に成る、スタンダードだが堅実な選択だろう。
間違っても日雇いのアルバイトをしながら馬小屋暮らしは御免だ。
そうと決まればさっそく森を抜けて村に向かおう。
「そう言えばこの森に出るモンスターって確か―――白兎とジャイアント・アント、ネイビーフラワーとか、後は虫系が何種か」
指折り数えていたら足が止まった。
「………あと、くま」
くまだ。くま、クマ、熊、あとベアー。
熊の着ぐるみを着た可愛い女の子ではない。
熊の毛皮を着たクマだ。リアルなクマだ。この森にはクマが出る。熊出没注意の看板は無いが出るとこには出るものだ。
最近の都会暮らしにはクマの脅威はピンと来ないかもしれない。熊の出現ポイントより心霊スポットの方が多いのが今の日本なのだ。
だが、ゲームオタクの俺は熊の脅威をよく知っている。
熊は強い。
あのスネークですら素手では敵わない相手だ。
TUSIMAでも多くの蒙古が熊に虐殺されていた。
あと何故かオタクは三毛別ヒグマ事件とか詳しかったりするしな。
「……素手で熊の縄張りを抜けろと?」
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや無理だって。
「君、死ぬよ」
脳内でアバターのデザインのモデルになったゲームのヒロインの名ゼリフが再生された。
懐かしの嫁の声だというのに全然萌えない。むしろ萎えた。
「年は取りたくないな。これが倦怠期か」
いやいやいや、何馬鹿なこと言っているんだ。
熊が出るからと言ってここから動かなければ飢え死にしかねない。
かといって熊に出会えば―――
「ある~日♪森の中♬熊さんに♩出会あた(^^♪腹すかした熊~さんに~♪追いかけら~れ~た♡」
腹をすかした状態で腹をすかした熊に出会って同じ境遇に仲良くなるとか無理だから。
相手が熊でなくても、人間同士でも腹が空いていたら仲良くなるのは難しい。生物として空腹こそ争いの元として最も古く強いモノなのだから。
なんて浅はかな哲学でいい訳なんかしてるが要は熊が恐いのだ。
「だけど―――」
こんな最初からヘタレるのが異世界まできてやりたかったことではない。
「そうだ―――」
現代日本では生きづらかったのは何でだ。決まっている。ロマンが、冒険が足りなかった。
だから俺は異世界に来たかったんだ。伝説の武具を手に入れて、願いが叶う7つの宝玉を見つけ出し、
「だってのにさぁ―――」
情けねぇよなぁ、最初からビビッちまうなんて。
確かに熊は怖い。勝てる気がしねぇ。普通に見た目がリアルならレベルが高くたってビビルと思う。
「それでも―――」
そんな弱っちい俺だが、くすぶってるもんがあるんだ。たとえ体が女に成っても心は男で滾るモノがある。だから―――
「意地があるんだよ、男の子には!」
前に進むしかないだろう。強くなるしかないだろう。
「俺は男らしく生きる。そう、今決めた」
とりあえず人生で1度は言いたいセリフが言えたので満足だ。
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