第19話 亡国

 さて、シエラを森に追いやったアンジュスト王太子とサリエの側の話。


 サリエの入ったローゼンシア公爵家だが、今まで虐めていたシエラという八つ当たり要員がいなくなった。

 公爵家の面々はシエラに当たっていたうっぷんを使用人に向けるようになり、使用人は使用人で、シエラを虐めていた者たちは、別の弱い立場の使用人をいじめてうっぷんを解消していた。


 その家の長女で他に行くところのなかったシエラと違い、ひどいいじめを受ければその使用人は辞めて他の働き口を探す。


 そして辞めた使用人から公爵家の悪評が広まり、優秀な人材が公爵家には集まらないようになっていき、そして邸内の雰囲気はだんだんと見ずぼらしくすさんでくるようになった。



 王太子妃となるための教育を王宮で受けることとなったサリエだが、身につけなければならない知識や作法の難易度に音をあげ、教師から少し厳しく叱責されるたびに、虐めだ、と、王太子や公爵家に泣きついた。


 王妃が直接指導をしても同じであった。


「母上もっとお手柔らかく」


 猶予のない現状を分かっていない王太子からの「頼み」がくる。


 公爵家の方からも「不当に厳しすぎ」という苦情が来た。


 厳しいと言っても、シエラの時の半分以下の厳しさなのにそんな反応をされ、王妃は嘆息した。


 

 シエラが身に着けた半分も王太子妃教育が終わってない状態で、アンジュスト王太子とサリエ公爵令嬢は結婚式を挙げた。


 王太子が妃を迎えれば王妃の仕事を一部任せるのが慣例だが、そんな状況だったので王妃の負担はちっとも軽くならず、疲労と心労が積み重なっていった。


 そんなある年のこと、質の悪い風邪が流行し貧民層の死者が多く出た。


 国は救護院をつくり、そこに病気にかかった貧民を保護して治療に当たった。

 その救護院に王妃が慰問に行き感染しそのまま儚く逝ってしまった。


 そのはやり風邪は栄養状態や健康状態の悪い貧民層にのみ脅威となる程度で、本来なら王妃が死に至らしめられるものではない。


 しかし、長年の疲労の蓄積によって王妃は命を落としたのだった。


 

 王妃の死という悲しみが癒える間もなく、国は重大な危機への対応を迫られていた。


 瘴気の原、通称「瘴原」が年々面積を広めていっているのである。


「「「「「「こんなことは今までなかった!なぜだ!」」」」」」


 国王、家臣、そして一般国民まで、かつてない事態に頭を抱え恐れた。


 実はこれは、森の反対側にあるフリーダ女王の国が築いた、瘴気を遮断するための壁のせいで瘴気が全部北側に流れるようになったから起こっている現象。

 だが、彼らには知る由もない。

 エルフのアランティアもこのことは予想できたが、エルフの血を冷遇する国々の先行きなど心配する価値もない、と、いうことで、フリーダ女王の計画に反対しなかった。



「まっ、まさか……、シエラやクローディアを森にい追いやった祟りなのでは……」


 国王はかつての蛮行を思い起こし震えた。


「落ち着いてください、父上、そんなわけないでしょう。あれはむしろ森の魔物をなだめるための処置でした。それにあの女たちの祟りなら災いはわが国だけに降り注ぎますが、瘴原の拡大は両隣の国でも起きています」


 アンジュスト王太子は王をなだめ、そのうろたえる情けない姿に父の老いを感じた。


「原因はわかりませんが、瘴気が増えたなら魔物退治に派遣する騎士を増やしましょう。両隣も同じ問題を抱えているので、この件においては協力関係をつくり、魔物を大々的に退治する連合軍を派遣する案もございます」


「ふむ、そなたに任せる」


 国王は森の魔物討伐を王太子に丸投げした。


 討伐軍は森の魔物を狩りつくし、それでも効果がないと見るや、森の木々を切り倒し始めた。


 森の木々は瘴気を浄化しているのだから、これは逆効果ではあるが、彼らは自らの「正しさ」を疑わなかった。


 瘴気の原の拡大はそれでもおさまらず、やがて最も近い街アスバは飲み込まれ消滅した。


 瘴原の拡大によって耕作地が減り国の食糧生産高が落ち、食料や生活必需品の高騰を招いた。


 しかも、度重なる討伐隊の拡大によって軍事費は増大。

 国民は重税に苦しみ各地で暴動が起きるようになった。


 そして国王も心労で倒れそのまま帰らぬ人となり、アンジュストが王位に就くがその時にはすでに国は立ち行かないようになっていたのだった。


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