精霊王の再誕〜孫に産まれ変わった王、国を取り戻す〜
@sakura-nene
第1話 プロローグ
そこは
そこそこな広さの領土を持ち、自然豊かな緑の大地が観光名所にもなっている牧草地などもある。この豊かさは今代の王が精霊に愛されているために土地へ加護が行き渡ることで約束された繁栄だった。
王は若い時に出た王位継承前の諸国漫遊の旅で精霊に愛されたという。旅先で妻を見付けて国中を騒がせたのはこの国の珍事として知られ渡っている。国の者と結婚せず、他国の姫でもなく、しかもその女性は身元不詳だという。
その妻は確かにどの人間よりも美しかったが、美しいからと認められる話でもなかった。
妻は結婚を認めてもらえるように、今では使い手の少ない魔術を用いて国の治水状況の改善をしてみせた。彼女は水に関する魔法が得意で治水状況の改善はもちろん、自然も増え始めて国の状況は徐々に良くなっていった。
この功績を王家も貴族も無視できず、結婚は認められた。それからも王は精霊に愛されたために周辺国家の中でも随一の豊かな国へと成長する。
他国へ攻め入らずとも自国で供給が足りるために戦争もせずに、国土を増やすこともせず。国に湧いて出た怪物は王によって討伐され。
文武に優れる王としてアルトリウスは知られていた。
息子も成長し、それどころか孫も産まれる頃になって王位を継承させようとしていた頃。
愚かにもドライグ王国へ攻め入る隣国があった。アイル帝国は豊かさを求めて軍を差し向けた。それに対抗するようにドライグ王国はアルトリウスも軍を動かして正面衝突となる運びとなった。
もう五十を過ぎているアルトリウスは近年妻を亡くしていた。息子への王族としての教育も終了しており、引き継ぐべきものは全て引き継いでいる。ここで
ドライグ王国の軍とは名ばかりで、時折現れる怪物や凶暴化した野生の生き物を倒すくらいの仕事しかなく、年がら年中訓練をしているわけではない。基本は他の仕事をしていて呼ばれたら軍として働くという戦力なのだ。
一方アイル帝国は職業軍人で全軍が構成されている。人数も違いすぎる。戦力比は一対八でありドライグ王国の勝ちの芽はなかった。
そのため自分が死んだ後は息子が国王になるように準備をしてアルトリウスは戦場に出る。
開戦の合図と共にアルトリウスは打って出た。
彼は世にも珍しい、魔術も使える剣士だ。不意打ちの一撃で相手の戦力の一割を削った。戦場に混乱を巻き起こし、そこからは奇襲と実力でアイル帝国の戦力を掃討しようとする。
アルトリウスは怪物退治で名を馳せた武名をそのままに、アイル帝国を蹴散らしていく。魔術も用いて奮戦したが、年齢による肉体の衰えには勝てなかった。
ドライグは戦力的には頑張った方だろう。だが、最終的にはドライグ軍は壊滅状態に陥った。アイル帝国はそれでも戦場に留まっているアルトリウスへ剣を突き立てる。
「ここまでだ!賢王アルトリウス!大人しくここで死ね、それが貴様の最後の役割だ!」
「……アイル帝国でも有数の権力者と見た。なぜ我が国へ攻め入った?領土が元々そちらのものなど、本気で言っているわけではあるまい?」
「豊かさを求めるのは当たり前のことだろう!我々の肩には民の命が乗っている。すぐにでも物資が必要なのだ。──そして喜べ、アルトリウス。貴様は我が国の魔女に目をかけられた。運がなかったと諦めろ」
「ああ、貴国の魔女殿か……」
アルトリウスはそれで納得した。
確かにアルトリウスはとある魔女を、魔法が使える才女を袖にした。アルトリウスは妻をもう得ていたので魔女を妻にも側室にも迎えなかった。それだけの話なのに、こんな戦争になってしまった。
いや、
アルトリウスは剣を地面に突き刺す。それが抵抗をやめることを意味したのか、アルトリウスは降参したかのように彼らへ近付いた。
アルトリウスの後ろで、剣は粒子となって大地に消えていく。剣が物理的に消えるなどあり得ないのだが、それはアルトリウスの使っていた剣が精霊の力に関わるものだからだ。主人がいなくなった今、精霊の力は大地に還る。
もうアルトリウスの魔力も底をついている。これ以上の抵抗はできそうになかった。
だから、彼の首に目掛けて剣が迫る。
ドライグ王国が衰退するきっかけとなった戦争だった。
・
アルトリウスの死体はドライグ王国に持っていかれた。首を切断されたが、一応の誠意を持って棺に入れられて搬送された。アイル帝国も死後までは犯そうとしなかったとドライグ王国は考えたが、その考えは浅はかだった。
この戦争がそれで終わるはずがなかったのだ。
戦争の終結のためにアイル帝国から使者が来る。その使者の中には例の魔女もいた。
戦勝国であるアイル帝国はドライグ王国に色々と吹っかける。第三者として他国の使者も間に入って戦争の調停をすることになった。
アイル帝国が求めた内容は僅かな賠償金と食料品の輸出の優先権。
そしてアルトリウスの死体と、
これには新しく王になったドライグ王国の王も反発した。死者の冒涜、そしてようやく恵まれた子宝を奪われるというのだ。
この要求を断ろうとすると、国としての取り潰しと賠償金の増額を求められた。他国の使者もそれが適当であるとして口を挟まなかった。
ドライグ王国の新王ロホルは魔女を憎たらしく睨む。彼女が父に偏執的な執着があったことは知っていたが、その魔の手が息子にまで及ぶとは思っていなかったのだ。
「なぜ父だけではなく我が息子まで求める?魔女よ」
「貴様が出来損ないだからだよ、ロホル。あの二人の子供のくせに貴様は魔術の素養が一切ない。剣技や内政に関しては確かにあの人の子供だろう。精霊にも愛されているようだ。──だからこそ、あの人の因子を継ぐ貴様の子がいる。あの人の特異性を再現するには真っさらな状態の赤子が必要なのだ。繋がりもあって条件的には素晴らしい」
魔女ル・フェが求めたのはそれだけのこと。
つまりはアルトリウスの死体と血縁関係のある子供を用いて、アルトリウスの再現をしようというのだ。
本人が手に入らないのなら他人で代用する。それにしても悍ましい手段だった。
「父の死体は好きにしろ。父もどうでも良いと言っていた。魔女なら父の死体からどうでもできるだろう」
「ああ。確かに私ほどの天才であれば死体だけでも十分だ。だが王の死体だけでこんな破格の条件を出せるわけがなかろう?これは我々からの譲歩だ。──アルトリウスがいないこの状況で貴様が抗えると思っているのか?」
ル・フェの言葉と同時に玉座の周りに魔術で作った白い槍をいくつも展開する。魔術名も唱えることなくこの場にいる全員を殺せるように配置された大魔術に、第三者たる他国の使者が流石に止めに入った。
「魔女殿!この場はあくまで交渉の場、魔術による脅しはやめてくだされ!」
「私はロホルを嘆いているだけだ。武王アルトリウスと賢妻ヴィヴィの搾りかすをな。精霊に愛されているだけの存在よりも、精霊に愛され魔術の才能もある赤子の方を育てる方が有意義だ」
「私が断ったらこの国を滅ぼすと?」
「そうは言っていない。
「……国以外も含めた全てと、命一つか。すまない、妻よ」
ロホルは王として決断を下す。それが父としては間違った判断だとしても国を救うための判断として間違っていなかった。
妻も王族として覚悟は決めていた。だが、戦争が終わったその日に産まれた我が子を奪われるのは母親として忍びなかった。
ロホルはアイル帝国と条約を結び、戦争は終結。そして使節団が帰る時と同じくそのまま息子は引き渡されることとなる。
乳母によって息子が、アーサーと名付けられた子供が引き渡された。受け取るのは当然魔女であるル・フェ。引き渡される前に両親がアーサーを抱き締める。
「すまない、アーサー。不甲斐ない父ですまない……」
「ごめんなさい……。必ずあなたを迎えに行くから」
妻がアーサーの額にキスをする。アーサーも起きていたのか両手を両親に伸ばす。片方の手をそれぞれ両親が掴むが、赤子は感覚が掴めないのか手を閉じることもできない。それが別れとなりル・フェにアーサーは渡された。
ル・フェはアーサーを受け取ると、ふわりと優しく笑った。それに誰もが目をギョッとさせる。
魔女が笑ったところなんて一人たりとも見たことがなかった。それはル・フェの親族である元王妃ヴィヴィも、交流のあったアルトリウスすらも見たことのなかった微笑み。
その笑顔を、赤子に向けたのだ。
赤子は分からずにただ抱き留められる。それがどれだけ貴重なものかも知らないだろう。
さっきまで相手の国王を脅していた存在と同じとは思えない。
帰りの馬車の中でもル・フェがずっとアーサーを抱き締めていた。その赤子は自意識を持って困惑していた。
(何で俺、ル・フェの腕に抱かれてるんだ……?俺、死んだよな?……何で息子夫婦に息子って言われてるんだ?)
アーサーと呼ばれた赤子にあったのは、アルトリウスとして生きた人間の記憶と魂だった。
それに気付いているものは、果たして。
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