第19話 二人のデート

 颯太と飛鳥は八王子の町を歩いていた。この時間の人通りは多く、仕事帰りのサラリーマンや学生などと次々にすれ違っていく。歩いている最中、颯太は多くの人が飛鳥を見ていることに気付いた。中には小さな声で「今の人すごく綺麗」とつぶやく声も聞こえてくる。

 そうした周りの人の反応に颯太は特に驚かなかった。浮気調査やペットの捜索などで飛鳥と同行した際もこうした反応は何回もあったからである。

 百人が見たら百人が「絶世の美女」と言うだろうと颯太も思っていた。


(やっぱ飛鳥さんはきれいだよな。なんか隣を歩くのが申し訳ないと思っちゃうよな。隣にいるあいつはなんなんだ。みたいな視線が痛いな……)


 颯太が、そんなことを考えているとは少しも気づかない表情で飛鳥が声をかけてきた。

「まずあそこへ行こうよ。八王子の町が一望できるからさ」

 飛鳥が指さした先には百五十メートルほどの高さを誇るミレニアムタワーがあった。タワーの上層階には展望室ああり、五百円を払えばだれでも上ることができる。


 二人はミレニアムタワーに着くと、チケットを買い、エレベーターで展望室に上がった。

 展望室からは、美しい街の夜景が見えた。東の方角を見渡せば立川や、新宿の夜景まで見ることができた。颯太は、以前、屋上に不法侵入した時とは異なり、夜に上るのは初めてだったため、夜景の美しさに息をのんだ。


「すごくきれいですね」

「ふふ、ここからの夜景が私は一番好きなの。都会に比べたらそこまで大きな町じゃないけど、こうして上から見ると十分綺麗だよね」


「そうですね。すごいです。」

 飛鳥はそこからどこに何があるか説明していった。飲食店が並ぶエリアや、ショッピングに最適な場所、行きつけのカフェやダンジョンに入るための装備が購入できる専門店など、大体の位置を颯太に説明していった。


「ごめんね。八王子の街を案内するって言ったんですが、私もあまり詳しくなくて」

「十分行ってみたい場所がありましたよ。ありがとうございます」

「そうかな。良かった」

 颯太の言葉を聞き、飛鳥は安心したかのように微笑んだ。


「あっそうだ。一個忘れてた。あそこに大きな白い建物があるのわかる?」

「あの上の方が丸くなっている建物ですか?」

「うん。あの建物は科学館なんだけど。あそこではプラネタリウムが見られるんだ。そこまで大きなプラネタリウムではないけどすごくきれいだから、颯太くんも今度一緒にどうかな?」

「良いですね。ぜひお願いしたいです。僕も星を見るのは結構好きなので」

「良かった」


 ミレニアムタワーの展望室を後にした二人は一時間ほど町を散策した後、細い、地下に続く階段を降りていき、とあるイタリアンバルに入った。飛鳥が予約してくれていたようだ。

 

 中に入ると店員が奥へ案内してくれフロアの奥の席に二人は案内された。小さな花瓶に入った花が置かれているテーブルを挟んで二人は向き合って座っている。ふと颯太が店内を見渡すとカウンター席の奥の天井から多くのワイングラスが下向きに並べられている。透明なグラスたちが蛍光色の照明に照らされ輝いていた。


 人生で一度もこのような店に来たことがない颯太にとって、このような店内で平然としている飛鳥が颯太には普段よりずっと大人に見える。


 飛鳥は調べてきたのか色々な料理を注文してくれた。サーモンのマリネやカプレーゼ、生ハムの盛り合わせなどがすぐに出てきたがどれも非常に美味しそうだった。


 飛鳥はラズベリーやブルーベリーがたくさん入ったサングリアを注文し、颯太はレモネードを頼んだ。


 乾杯をして、お酒を一口飲んだ後に飛鳥が颯太に尋ねてきた。

「どう?仕事には慣れたかな?」

「はい。まだあまり任務はできていませんが、会社の人たちがみんな良い方なので会社には慣れてきました。」

「ごめんね。仕事が少なくて。でも絶対颯太くんを活躍させてあげるから安心してね!日本中があっと驚くぐらい颯太くんを有名にしてみせるよ」

「ありがとうございます」

「今はまだ大した仕事は来てないけど、颯太くんの力は圧倒的だから、きっかけさえあれば必ず成功できる!頑張ってこうね!」

「はい」


 目の前で小さくガッツポーズをしながら優しい微笑みを浮かべている飛鳥を見ていると颯太は目頭が熱くなってくるのを感じた。


(飛鳥さんは俺の光だな。いつもポジティブな声をかけてくれる。こんな人と一緒に働けることを感謝しなきゃな。俺は恵まれているよ)


 二時間前は絶望していた颯太であったが、今は不思議なことにポジティブな感情が心を満たしている。

 飛鳥の言葉の一つ一つが全て颯太の心に届き、包み込んでいた。

(はぁ、綺麗だなぁ。こんな人と結婚したらずっと幸せでいられるんだろうなぁ)

 

 薄暗い店内の中でとびきりの美少女と向かい合って話しているという非日常が、颯太の心を高揚させているのか、そのようなことをかんがえている自分に驚いた。


 しばらく颯太と飛鳥は会話を楽しんだ。高校時代の思い出話や、十年前の会社の話などを飛鳥は話してくれた。

 会話をしている間、颯太はレモネードをひたすら飲んでいたが飛鳥はサングリアを二回ほどお代わりしていた。元々お酒に強い方ではないようで、だんだんと飛鳥の顔は赤くなって来た。それと同時に飛鳥のテンションも少しずつ上がっていき、上品で高貴な女性という普段のイメージとは異なる姿が現れ始めていた。メインの料理のイベリコ豚とポルチーニ茸のクリームパスタが運ばれてきたときには、飛鳥はすっかり出来上がっていた。


 飛鳥はいきなりバンッと強くテーブルを叩きながら言った。

「全く、うちの両親は本当にしょうがない人達なんですよ。お父さんはギャンブル漬けだし、お母さんは研究室に閉じこもってひたすら何か解らない研究をしているし。少しも会社を大きくする努力をしないんです」

 飛鳥はとろんとした目をしながらも言葉はしっかりとしている。

「そうなんですか」


(やばいな。飛鳥さん、完全に酔ってるな。でもなんか、いつもよりさらにかわいいな。こんな一面もあるのか。普段はあれだけしっかりしているのに)


 いつもと様子が違い、少しむすっとしながら自分の悩みを愚痴る飛鳥の話を颯太は新鮮な様子で聞いていた。頬に赤みが差した表情はいつにもまして色っぽく見える。

 

 颯太は、話を真剣に聞こうとはしているが、

 飛鳥の酔っている姿がなんか可愛すぎて話に集中できていなかった。

「私ばかり会社のために一生懸命頑張っているんだ。だって、事務仕事も私、仕事を引き受けるための営業をするのも私、チラシを作るのも私なんだよ。勘弁して欲しいよ」

「飛鳥さんってそんなに色々やってるんですか?知らなかったです」

「お父さんたちが頼りないからさ、私がやるしかないの。事務員さんを雇うお金もないしさ。はぁ……、ごめんね。こんな話しちゃって。」

 飛鳥は3杯目のサングリアを飲み干すと、深いため息をついた。

 酒を飲みすぎて、当初の作戦のことも忘れてしまっているようだ。

 

 事実、飛鳥の仕事量はヴァルチャーでずば抜けて多かった。事務の仕事や経理の仕事、任務のほかに任務を引き受けるための営業活躍や、広告チラシの作成やポスティングなど、ありとあらゆる業務をひとりでこなしてきていた。


(いつも明るい飛鳥さんにも悩みはあるんだな。いつも事務所でなにかやってるとはおもっていたけど、全然知らなかった。でもそりゃそうだよな。人間なんだから……。っていうか社長たち、飛鳥さんに頼りすぎだろ。かわいそうに)


 普段、どんな時も明るくて前向きな飛鳥にこんなネガティブな一面があるのを知って、颯太は驚くと同時に少し安心もした。

 飛鳥の落ち込んだ表情を見ていると自然と元気づけたくなり颯太は口を開いた。


「飛鳥さんはすごいですよ。そこまで色々やってるなんて知りませんでした。社長たちからしたら本当にありがたいと思いますよ」

 颯太は心を込めて飛鳥を励ました。いつも自分がしてもらってるいるのと同じように。

「そうかな」

颯太の言葉を受けて飛鳥は颯太の顔を見つめた。

「はい。飛鳥さんが社長や有希さんのことをとても大切に思っているのがわかりました。本当に立派だと思います」

「ありがとう。なんか颯太くんがそう言ってくれると嬉しいな。頑張っている甲斐があるよ。まぁ、なんだかんだ言って私の両親だしね」

 颯太の言葉を受けて、飛鳥の表情は少しずつ明るさを取り戻している。

 

「でもこれからは僕も頼ってくださいよ。僕も一緒にやります。一人でやるのは働きすぎですよ。後輩なんですから。なんでも言ってください。出来ることは一生懸命やります!僕もヴァルチャーを大きくしたいので」


 颯太の言葉を聞いた飛鳥は酔いもあるのだろうが、非常に感極まった様子で瞳から零れる涙をおしぼりで拭った。そしてしばらくして顔をあげるととびきりの笑顔を颯太に向けた。


「颯太くん……。ありがとう。うん!一緒に頑張ろうね!」

「はい」


 颯太くんって本当にいい人ですね。


 飛鳥はそう言った後、ぼーっとしたような、蕩けるような表情のまま颯太を見つめていた。顔は耳の先まで赤くなっている。


 颯太はその凶悪なまでに純粋で真っ直ぐな視線を受け続けることができずにレモネードに口をつけた。

「そういえば颯太くんって好きな……」

 飛鳥がそこまで言いかけたとき、飛鳥のバッグの中から大きな着信音が響いた。

 飛鳥は慌ててスマホを取り出すと画面を見て、「ごめん。お父さんだ。」と口にすると店の外へ出て行った。


 颯太は飛鳥が出ていく背中を見送ると一人天井を見上げた。そして

「可愛すぎるだろ」

 と呟いた。


 しばらくすると飛鳥が狭い店内をすごいスピードで通り抜け、颯太の前へやってきて口を開いた!

「颯太くん!事件だよ事件!すぐに行かなきゃ!」

 飛鳥は先ほどまでのとろんとした表情が嘘みたいに凛々しい目をしている。

「えっ?事件?これからですか?」

「そうだよ!あきる野で立て篭もり事件!すぐ行くよ」

 飛鳥は颯太の手を引っ張ると会計札を持ってレジへと走った。急ぐ二人を周りの客は何事かという顔で見ている。

 飛鳥はレジにつくと、財布から一万円札を取り出し、会計札と共にカウンターの上に置いた。慌ててやってきた定員に言った。

「これで足りますよね。お釣りはいりません!」


 飛鳥は颯太の手を繋いだまま、すぐに店を飛び出して行った。


あまりの速さに「ありがとうございました」と言う店員の声も届かなかった。

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