読書感想物語~カフェ・ノアールの猫語り(仮)

@akari_itsuki

導入~読書する黒猫。

事実は小説よりも奇なり。

イギリスの詩人の作品から生まれたらしいの一文は今となってはあらゆる日常に根を張り、やがては元を知らなくても不意に口をついてしまう程の説得力に溢れていた。


日は昇り、沈み。

雨は降り、止み。

風が吹いて時に凪ぐ。

人は産まれ、生き、老いて死ぬ。

世界のことわりは幾星霜…いくら季節を重ねても覆らないというのに、それでも時に事実は不意を突くように小説よりも奇であるのだ。


だからこそ、活字離れだなどと騒がれる世間を嘲笑いながら今日もあらゆる媒体に姿を変えて数えきれぬ物語の数々は紡がれていく。

さぁ現実よ、この物語よりも奇であれ──と。


──からり。

かたわらで涼しげな音が鳴った。

"ブックカフェ・ノアール"のテラス席。

ナチュラルウッドの丸いテーブルの上でスライスレモンで飾られたアイスティーのグラスが汗をかき、足を滑らせた氷が水面に沈む。

じわじわと薄まっていくアイスティー。

しかし、注文をした本人はそんな事はお構い無しにグラスの横で広げた本のページをぱらりと捲った。

綴られた穏やかな物語に浸っているのか、随分とゆったり読み進めている。

隣から覗き込んで綴られた文字を最後まで追い、それでも捲られないページに焦れて少しばかり目を離す。

半二階建ての店内を見渡せば本棚の壁に囲まれた数人の客達が皆、各々の手の中に広がる世界へと入り込んでいた。

奥のカウンター越しに店主マスターも一冊の本を開いているのが見える。

客足が落ち着いているからといって、相変わらず気ままなものだ。


ぱらり、再び近くでページを捲る音。

文字を追う為に視線を戻す。

途中でテラス窓に反射したアイスティーと並ぶ黒いシルエットの中、サファイアブルーの瞳と目が合った。

我ながら惚れ惚れする程の美しい呂色ろいろの毛並みを持つ黒猫──あえてこう自己紹介をしよう。

そう、我輩は猫である。と。


ブックカフェ・ノアールの看板猫ノアは時折客の本を共に読むらしいと地元ではちょっとした話題だ。

可笑しな猫だと思うだろうが、なんという事はない。

人の紡いだ物語に魅せられた猫もいる。

これもまた小説よりも奇な事実であるのだから。





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