06 お前のものがそうであるように
「だいたい、人に情報収集を押しつけてどこに行ってたんだよ。ってか、あんた普段、何してんだ。時間だけならいくらでもあるだろうが」
「人のことは放っておけ」
「それは俺の台詞だよ」
「何を言う。これはお前の修行だと言っておろう。お前も『そういうことでよい』と承諾したではないか」
「あのなっ、言葉尻を捉えるなよな」
確かに「まあ、いいけど」くらいのことは言ったが、「師匠から与えられた試練だと思って頑張ります」などとは口が裂けても言うものか。
「エイル。一度でも応と言ったらそれを翻さぬのが立派な大人というものだ」
「待て待て待て。論点をすり替えるな、論点を」
「まだ自覚がないのか、お前は」
オルエンは嘆息した。エイルは眉をひそめる。
「何だよ、自覚って」
あまり快い響きではない。リ・ガンの自覚――などというものを持っていた楽しくない過去を思い出した。だがそれを振り払おうとばかりに小さく首を振る。その件はとうに終わったのだ。終わったはずである。
「魔術師の自覚、だ。私が本気でお前の『言葉尻を捉え』ようとすれば、『まあ、いいけどさ』などという曖昧な返答でも、お前を魔術の契約で縛ることができるのだぞ。より正確なところを言えば、私ならばそんな応答すらなかったとしても、お前のような弱輩などは指先ひとつでどうとでもできるがな」
これには、エイルは黙るしかなかった。言葉というものがどれだけ力を持つものか、以前には考えもしなかったことが少しは判るようになってきていたが、それは理屈の上のことであって、実感はない。だが、オルエンの言うのが――後半も含めて――脅しではなく事実であることも判っていた。
「……気をつけるよ」
「それでよい」
渋々と言うと、師匠は鼻を鳴らした。
「では話を戻せ」
「戻すも何も、だいたい終わったよ」
命令口調は気に入らなかったが、苦情を申し立てるには、いまはどうにも分が悪い。認めたくないが確かにオルエンは自分の魔術の師匠だな、とエイル自身が思ってしまっているのである。
「終わりだと? 本当に? 本当に、魔妖の歌を聴いてこようとか、ちょっくら顔を拝んでこようとかは思わなかったのか」
「ちょっとは、思った」
エイルは素直に認めた。
「では何故、そうしなかった」
「だって、魔精霊かもしれないんだろ。魔除けくらい要るんじゃないかと」
俺は弱輩だからね、と駆け出し魔術師は言った。
「魔除けならよいものを持っているであろうに。例の
「ああ、あれ? ユファスにやった」
「やった?」
オルエンは口を開けた。
「あの見事な力を持つ護符を他人にやったのか? 何を考えているんだ、お前は」
「ま、拙かったか?」
エイルは目をしばたたいた。オルエンは彼に呆れたふりをすることはよくあるが、本当に呆れることは、滅多にない。
「だって、あれが翡翠だって言ったのはあんたじゃんか。一度、割って見せてもくれたじゃんか。なかはいわゆる翡翠色ってやつで、リック師が俺を案じて作ってくれたんだろうって」
「
「俺はもうそんなもんじゃない」
エイルが思わず言葉を挟むと、オルエンは苛々と手を振った。
「ああ、そうだな、あの一年弱の間だけだ。だがお前と翡翠のつながりが切れたと思ったら大間違いだ。あれはお前が持ってこそ、絶大な威力を発揮するのだぞ。魔力と関わらぬ人間が持っても、せいぜいただの魔除けにしかならん」
「魔除けになるんならいいだろ。役に立つ」
エイルはほっとして言った。魔除けの力を持つ本物だ、と大口を叩いて友人に渡したのに、何の力もないなどと言われてはユファスに申し訳が立たない。
「よくはない。あれは持ち主に害を為そうとする魔力を歪める。ラーミフはそれに気づいてファドック殿からあれを奪ったが、判るか、あれは『魔術』に対して抵抗力を持つのだ。一般に厄除けと混同される魔除け、厄介ごとから身を守る類ではないぞ。魔法に関わらぬ人間に渡したところで屁の突っ張りにもならん。どこのどいつに渡したんだ」
「言ったろ、ユファスさ。覚えてないのか、彼の弟を涙石とか何とか呼んだろ」
「――ああ」
オルエンは拍子抜けしたように言った。
「あの、大地の息子たちか。何だ、そうか。早く言え」
「言ったよっ」
「師匠」から説教じみた口調が消えたことに気づきながら、エイルは即答した。オルエンは頭をかく。
「そうか、うむ、すまなかった。謝ろう、エイル。お前はよい目を持っている」
「何だよいきなり。気味悪いじゃないか」
本当に気味が悪くなったエイルは、それこそ厄除けの仕草などした。
「彼らの運命は尋常でないからな。確かに、あれは役立つだろう。まあ、ないよりはましという程度かもしれんが」
「尋常でないだって?」
エイルは嫌そうに顔をしかめた。
「どういう意味だよ」
「私は
「してるようなもんだろ、その発言はよ」
「見えるのとわざわざ見るのは違う。それに、お前の友人であろうと何であろうと、彼らは私の運命とは関わらない。気にかけてやる必要はない」
「気にかけろっ、弟子の友人だっ」
「ほう」
オルエンはにやりとした。
「それは、私に弟子入りしたいということだな、エイル青年」
「……殴るぞ」
エイルはふるふると拳を振るわせた。本当にオルエンを殴れるとは思わないが――どうせ、魔力で逃れるに決まっている――そうしてやりたい気持ちになったことは過去に何度もあり、いまの気持ちは歴代でいちばん強かった。
だがエイルの心はどうあっても、オルエンはただ肩をすくめるだけである。できるものならやってみろとでもいうことだろう。そして実際、できない。腹立たしいことこの上ない。
「彼らの運命は彼らのものだ。お前のものがそうであるように。私とお前の道は交錯したが、私と彼らは違う。お前と彼らが関わるのなら、それはお前の運命であるが私のものではない。この理屈は判るだろう」
「煙に巻かれてるみたいだけどな」
エイルは仕方なく認めた。
「俺が関わりたいなら好きにしろ、あんたは何も手を出さないってことだろ」
「そう言うことだな」
オルエンは唇を歪めた。
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