第八十三話 悪巧み

 ソフィアの頬を叩いた皇太子を彼女は許すまい、と魔王の右腕右足兄弟は思ったが、ソフィアはつまらなそうな顔をして、

「つまらないよ。そんなの」

 と言っただけだった。

「あなたに手を挙げたのですよ!?」

 とローガンは言ったがソフィアは、

「食堂に行く途中だったんだけど。レイラ、早く食堂行かないと、食いっぱぐれる」

 とレイラを連れて執務室を出て行った。


「ソフィア様……」

 ローガンは呆然としたような顔でソフィアを見送った。

「やっぱあれかな」

 とエリオットが腕組みをした

「何だ? 何か知ってるのか?」

「まあ、これは左足の予想なんだけど、ソフィア様を動かすにはもっと大きな理由がいるんだってさ」

「大きな理由? 彼女の頬を殴ったよりも? 真っ赤に腫れているんだぞ?」

 エリオットはおどけるように肩をすくめてみせた。

 ローガンがパキンと右手指を鳴らすと、その場にワルドが現れた。

「何ですか、忙しいのに」

 ワルドはいつもの執事の制服姿だったが、ティータイムだったようで椅子に座ったまま右手にティーカップを持っていた。

「ローガン兄様に教えてあげて。ソフィア様を退屈させない方法と、彼女をこの国に留めておくうまいやり方をさ」

 ワルドは茶を一口飲んでから、

「なんだそんな事ですか」

 と言った。

「以前のソフィア、聖女候補のレイラ、レイラの母と弟を虐めた奴の末路を考えれば分かるでしょう。クズを用意して差し上げればいいんですよ」

 とワルドが言い、ローガンはしばらく左右の足を眺めていた。

「彼女は自分には興味が無い。望めば国だって手に入るであろう絶大な魔法の力も、か弱く儚げな美しい容姿も、ちっとも興味が無いのですよ。それよりもクズを傷つける方が楽しい。しかも自分よりも他人の不幸に力を発揮する。言ってたでしょう? ソフィア様はクズを傷つけないでいられない。ですから我々はそれを用意して差し上げればいい。もっともっと大きな不幸を彼女の周りにお膳立てしてさしあげればいいのですよ。徹底的な悪を! その悪の前に嘆き悲しむ弱者を! そしてソフィア様が悪を一掃すれば! 弱者は助かり、ソフィア様は楽しい。別に国を出なくてもクズなどたくさんいるでしょう! 素晴らしいではありませんか!」

 高らかにそう言い放つワルドをローガンは渋い顔で見た。

「おや? 右腕はご不満かな?」

「ソフィア様がやる事に異存はない。人間を何千人殺そうと構わないが、それをお膳立てするのは違わないか?」

「セブンスにはオルボン侯爵家を任せてあるんですよ。こちらも彼らの要求には力を貸さねばなりません。ソフィア様抜きで国宝庫から宝珠を盗めるなら良いですよ? 国王庫を破る為にはソフィア様に聖騎士団をどうにかして頂く必要があります」

「しかし」

「まあまあ、結局、聖騎士団が悪ならいいって話だよね。ローガン兄様、心配しなくても人間なんてクズばっかりさ」

 とエリオットが笑った。

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