第七十一話 一万の拷問

「な、何だよ……お前達は……」

 恐怖のあまりかマルクの両目からはぼろぼろと涙がこぼれていた。

「フレデリック叔父を食ったっていうのか?」

 恐る恐るマルクが言い、ナイフを置いた。

「マルク兄様」

「え? な、何だい? ローガン」

「あなたのご友人がソフィアを娶りたいなどと言ってきてもお断りしてください」

「え、ルイスは悪いやつじゃないぞ? とても強い騎士だ。今は自領地内の騎士軍だがやがては本国の聖騎士になる予定で……」

「マルク兄様、先程のオルボン侯爵との話を聞いてなかったのですか? ソフィアは侯爵家へと望まれるような娘ですよ? 騎士の一族とはいえ辺境の伯爵家へなどやれません」

「そ、そうなのか」

「マルク兄様、あなただけは人間として残しこの伯爵家を継いで欲しいと思ってるのですけどね。でもあなたがナタリーに会いたいのならそうしてあげてもいいんですよ」

 ローガンがマルクを見て、マルクはその顔を見てぞっとした。

「ひっ、ナタリーだって?」

 マルクはナタリーの遺体を思い出してしまった。

 ずたずたにされた胴体からは内臓が飛び出していて、うかつにもマルクはそれを見てしまっていた。顔も唇が両端から引き裂かれ、鼻も耳も目玉も無かった。

 そして更に遺体は蘇り、愛しいローガンの名を呼びながら、そして教会の魔法師によって退治された。

 まるでナタリーが魔物であったかのような屈辱的な方法で。

 肉体は少しも残らず、全てが塵芥になって消滅したのだ。

 仲のいい兄妹ではなかったが、それはあまりに哀れなナタリーの最後だった。

「ローガン……まさかナタリーをあんなにしたのは君なのか? どうしてだ? ナタリーは君を好いていたじゃないか。君と結婚したいと父様に話していたぞ?」

「人間どもの思惑なんぞ知らないな。マルク、お前も生かされてる幸運を忘れるな」

 とローガンが言い、マルクを睨んだ。

「どうしたの兄様、今日はご機嫌が悪いの? せっかくセブンス・ドラクールを招待してるのに」

 と声がしてその場にしゅっと姿を現したのはエリオットだった。

「あら、エリオット様、おかえりなさい」

 とソフィアが言った。

「ただいま」

 と言ってエリオットが笑いながらソフィアの隣に腰を下ろした。

「それで? ローガン兄様はどうしてご機嫌が悪いのですか? 心配しなくてもマルク兄様のご友人はソフィア様に求婚は出来なくなりましたよ」

 ワルドがエリオットの前に食事の皿を置きながら、

「オークの王へ紹介してやったと?」

 と聞いた。

「まあね」

「それはご苦労様で」

 とワルドが笑った。

「右足か、久しいな」

 とナイト・デ・オルボンが言ってグラスを持ち上げた。

「これはまた小さき人間に化けておるではないか」

「だろう? 人間は美しく小さい者に寛大だからな!」

 といたずらっ子のような顔でエリオットは笑った。

「なるほど、ともかくめでたいな。我がオルボン侯爵家の広大な領地が主の陣営に加わると盛大な勢力になるぞ? 早速、侯爵家の面々を我がドラクール一族と取り替えるとしよう」

「はあ? なによそれ」

 とソフィアがナイト・デ・オルボンを睨んだ。

「前から言ってるけど、魔族対人間とか、魔王降臨とか、そういうの他所でやってくれる? あたしは可哀想なソフィアの復讐をやってるだけだし、後は学院でまだ虐めてやりたいのが何人かいるけど、ここんちの爺婆をやったら終わりよ」

と言い、ナイト・デ・オルボンは目を見開いた。

「もったいない! 話は聞いてるぞ? 素晴らしいほどの魔力に全属性の魔術師のあなたがそれで終わり? 人間世界をあなたの僕にも出来るのに」

「だからそういうの興味ないんだって。爺婆がくたばってそこのデブがこの家を継いだらもうここにいる意味もない」

「ソフィア様、ここを出られるつもりですか?」

 とローガンが聞いた。

「特に決めてない。あんたら勢力拡大するのは勝手だけど、あたしを担ぎ出すのは止めて。あたしにちょっかい出してくる奴はみんなぶち殺すから」

「じゃあ、どうやって伯爵夫妻を殺すのかみんなで考えようよ。もちろんソフィア様の邪魔をする気はないよ。ただアイデアならたくさんある」

 とエリオットが言い、

「右足は一万もの拷問の策を持ってますからね、ソフィア様、なんでも相談なさればいいですよ」

 とワルドが素晴らしい事を主人に告げた! ような顔で続けた。

 ソフィアは目を薄目てから二人を見て、はあっとため息をついた。

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