第五十一話 合同キャンプ・レッスン

 「本日より、国有地で普段は立入禁止されているステレガニー森林で二泊三日のキャンプ研修を行う。人間に仇なす魔物を討伐する事が目的で、剣王学院の剣士と魔法学院の魔術師の共同作業、そして将来に向けての自らの進路を一考する三日間でもある。己の力を過信せず、だが弱気にならず、それぞれに腕をふるって欲しい。魔物討伐の腕前もそうだが、仲間との連携、さらに食、住を自分達で作り上げる事の重要性を学んで欲しい。将来、騎士団へ進むか、宮廷魔道士に臨むか、冒険者になり市井の民を救うか、それぞれに目標はあるだろが、国を救い、民の為、という目的は同じはず。協力して頑張ってくれたまえ」

  

 剣王学院長の挨拶で開会式は締められ、生徒達はグループ分けされた単位で固まってその場にいた。

 二泊三日用の荷物で生徒達は背中には大きなリュックを背負い、魔獣討伐の為に鎧を着用し、さらに剣や杖を握りしめていた。

 二校の生徒が混じり合い、初、中、高等部の合同、で人数は300人にも上る。

 それで10人ほどのグループを結成していた。

 キャンプ研修は毎年行われ、森の入り口には立入禁止の牽制を込めて、また森から魔獣が出てこない様に駐屯所を置いてあり、その前の広場で開会式をするのが常だった。

 そこまで来るのも自力で、公爵家嫡男だろうが平民出身だろうが平等だった。

 重い荷物、武器、道具を詰め込んで生徒達は不安そうな顔で学院長を見上げていた。


「同じパーティで良かった」

 とローガンが言った。

 ソフィアは呆れたような顔で、

「何かしたわけ? 偶然なんかないでしょ。ローガンとハウエル妹が同じパーティなんて」

 と言った。

 ローガンはクスクスと笑って、

「エリオットが、まとめた方がさっさと片付くからと言われてな」

 と言った。

「ふーん」

 ソフィアは辺りを見回した。

 魔法学院の生徒は魔術師のローブと杖を持ち、大荷物を背負っている上に肩から斜めに鞄もかけている者もいるし、剣王学院も大ぶりな剣とやはり大荷物だ。

 ソフィアとローガンは手ぶらだった。

 荷物は全てソフィアのマジックボックスの中だ。

 許容量はどれだけかソフィア自身も分かっていないが、入れておきたい荷物もそれほどない。

 ローガンに至っては何も持たないのが魔物的には普通なので、何を持って行くべきか悩んだくらいだった。

「信じられませんわ。荷物も持たずにキャンプに参加だなんて!」

 とエレナが背後から近寄ってきた。

「二泊三日ですのよ? どうやって過ごすおつもり? まさか、パーティの皆さんから分けて貰おうなんて考えなら今すぐリタイヤなさい! ねえ、皆様」

 とエレナが、自分の背後を振り返りながら言った。

 腰に剣を差した剣王学院の若者がいた。

 やはりそれぞれに荷物を背負っている。

「君達、本当に手ぶらなのか? 信じられない」

 と言ったのは背の高い、生真面目そうな青年だった。

 ブラウンの髪を短く刈り上げ、体格の良い、いかにも騎士志望、名家の坊ちゃんという感じだった。

「野営の道具は? 毛布は? 食料は? 何も持ってないのか! 信じられない。悪いけど、君達に貸せるような余分はないから」

「まあ、そう言うなよ、ブライアン。キャンプレッスンは女の子の希望は少ないのに、二人も見目麗しい令嬢がパーティにいるんだぞ? 男ばっかりのむさ苦しいパーティよりましだ。三日間よろしく。キャンプレッスン中は敬称略とさせもらう。俺はカイト、で、あれがブライアン、剣王の高等科だ。あとの二人は中等科のレイジ、デリクだ」

 とカイトと名乗る男が言ってさわやかに笑った。

 ブルーグレーのような髪の毛を伸ばし、後ろ手結んでいる。

 同じ色の瞳は切れ長で美しく、キビキビとした体つきは強そうでもあった。

「どうも、魔法学院高等部のローガンだ。これは妹のソフィア、そしてエレナ。この二人は初等科で今回が初の参加だ。よろしく」

 とローガンが言い手を差し出した。

 それに手を差し出し返したのはブライアンで「よろしく」と言った。

 カイトと名乗った青年はじっとソフィアを見ていた。

 ソフィアがそれに気が付き、

「何か?」

 と言った。

「いや、知り合いに似ていたもので」

 とカイトが答える。


 ローガンがソフィアを庇うように前に出て、

「妹は優れた魔術師だがまだ八歳。身内やクラスメート以外の男性との接触がないんだ。気安くしないでくれ」

 カイトを睨んだ。

「何だ、兄妹で物見遊山に来てるつもりか? あんまり過保護じゃ、すぐに魔獣の餌だぞ。立入禁止区域になるくらいの森林だ。危険な魔獣がうじゃうじゃいるんだぞ」

 とカイトが笑う。

「大丈夫だ。妹は俺が守るから。君達に負担はかけない」

 とローガンが言ったのを聞いて、ソフィアがクスクスと笑った。

「さすが、ローガン兄様。でも、カイト様、ご心配には及びませんわ、私、マジックボックスを持っておりますので、荷物は全てその中なんです」

 とソフィアが言った。 

「マジックボックス? それは凄いな! 滅多にいないギフト持ちじゃないか!」

 と言ったのはブライアンで、目を輝かせている。

 魔力を要するマジックボックスは異次元空間をボックス内に取り込む事によって、全ての内容物の変化を止めて保存できる便利な空間だ。魔力持ちにだけ与えられるギフトだが、莫大な魔力を要する為に維持するのが難い代物で稀にしか発現しなかった。

「ソフィア、マジックボックス持ちは他人もは言わない方がいいと教えただろう?」

 ローガンが言った。

「だってお兄様、手ぶらで来たなんて言われたら嫌だわ。誰かの物をあてになんかしてませんし」

 とソフィアが唇を尖らせた。



「Dパーティですか? 僕たちもDなんですが」

 と汗をかきかき走り寄って来た魔法学院の二人連れが声をかけてきた。

「そうだ」

 とローガンが二人を見た。

 オブライン子爵の長男ヘルマンとアリクレラ男爵家の次男ジョサムだった。

 彼らの家はハウエル派に属しており、この中ではエレナに従いソフィア抹殺に向けて動くだろうとローガンは考えた。


 魔法学院から五名、剣王学院から四名の参加でDという一つのパーティを組み、二泊三日の魔獣討伐キャンプを過ごすのだ。

 渡された地図を元にまず今夜野宿をする目的地まで向かい、その道すがら何匹の魔獣を倒せるか、それを競いあう。

「揃ったところで出発するか。前衛は我々剣士に任せてくれ。魔法学院の諸君は支援、回復魔法を期待する。もちろん、剣に自信があるなら腕をふるってくれても構わない」

とブライアンが言った。


 このパーティの前には魔獣は出てこない事をローガンだけは知っていた。

 なぜなら魔王の右腕たるローガンを襲うような魔獣はいないからだ。

 人間に化けてはいるが、その中身は魔王軍の中で最強とされた右腕だ。

 その気を知らず魔力を感じず、襲ってくるのは最弱のスライムか知能の低いゴブリンくらいだろうとローガンは思っている、

 腕自慢の剣士に任せておけば良いが、キャンプの成果としては下の下。

 強い魔獣を討伐するほど学院への印象は良く成績に繋がるが、ローガンにもソフィアにも学院の成績は興味なかった。

 ソフィアは復讐を、ローガンはただソフィアに手を貸して人間の皮を手に入れたいだけだ。

「さあ、出発だ!」

 ブライアンの声に皆の足が動き始めた。


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