第五十話 知恵の回る魔物随時募集中

 庭師夫妻を伯爵家の広大な庭園内の使用人達が住む小屋へ案内した後、ワルドは早足で本館へと戻った。執事はたくさんの仕事がある。使用人達の監督から、伯爵家の財政管理、家人達の世話。伯爵家の人間が暮らす上で食事や健康管理、生活の費用の捻出。同じ魔王の足だったわりに右足のエリオットは子供に扮し魔法学院とやらに通ってのんきなものだった。それでもその生活が性に合うのか左足は着々と執事長の仕事をこなしている。

 瀕死の状態だったとはいえ、魔王の眷属が人間に仕えるなど論外も甚だしいが、いざ会ってみるとソフィアは人間とは思えないほど邪悪な存在だった。凄まじい魔力量に全属性魔法を使え、さらに善悪の判断が曖昧。彼女の中の善悪だけが絶対で倫理観はゼロ。

「面白い人間だ」

 だから魔族としてこの暮らしは悪くなかった。

 魔族の中の邪悪な部分を解消する場も与えてくれるし、暖かい寝床、旨い食事、気心の知れた仲間。お互い喰らい合うのは簡単だが、それでここから追い出されるのは否。それなら多少の融通はきかせる。他の魔物もそう考えているらしく、諍いはまだ起きていない。

 ある程度知能の高い魔物でなければ出来ない事で無用な争いもないという具合だ。逆に知能も高く残虐を楽しみたい魔物、人間を殺戮し、それを楽しみたい魔物は事前にローガンやエリオットが闇に葬っていた。


「さあて、今日もおやつを喰ってからまた働くか」 

 自室に戻ったワルドは自分の為だけの浴室内を覗いた。

 浴槽には裸で繋がれているフレデリックがいた。

 全裸で首に縄をかけられている。暴れては首が絞まるし、今のフレデリックには両腕がなかった。肩から引き千切られた両腕はとっくにエリオットとワルドの腹の中だった。

 一度には食べずに、おやつと称して時々食べる事にしている。

 両腕がない肩の傷は氷で固められ、腐敗しないようになっている。

 フレデリックに息はあるが、ブツブツと呟くだけで正気を保ってはいなかった。

 ワルドが片耳を引き千切って喰っても痛そうな顔もせず、うつろな目はワルドを見上げる事もしない。最初は小便や大便を漏らしていたが、それも浴槽に水を流してしまえば掃除が出来るし、今ではほとんどそれもしなくなった。徐々に痩せ細り干からびていくのをこうして時々、おやつにして食べるのが小さな楽しみだった。

 エリオットも時々伯爵の酒を盗んでやってきてはフレデリックをつまみに二人で酒盛りをする。魔王時代に勇者にしてやられ、四肢が千切れ千切れになり四散したがこうして巡り会えたのは僥倖だった。魔王の胴体と頭は勇者によって細切れになり聖女の聖魔法で焼かれ消滅した。もちろんまた別の魔王が闇から生まれる可能性もあるし、四肢が揃えば誰かを魔王に仕立て上げる事も出来る。

「ソフィア様は邪悪だが魔王になる気はなさそうだし、右腕のローガン様は今の生活を気に入ってるようだし」

 魔王の左足であるワルドも今の生活は悪くなかった。

 どこもかしこも勇者や冒険者が溢れ、魔力を取り戻す機会もなく闇に紛れてふて寝していた孤独を考えると、ソフィアの濃厚な魔力に日々癒やされるのは悪くない。こうして時々人間のおやつを貰えるようでもあるし、とワルドは考えた。


 コンコンとノック音がした。

「誰だ」

 顔を覗かせたのは若い執事のライリーだった。

 人間だった時はソフィアに虫やゴミ、泥の料理を食わせたりしていた性根の悪い奴だったが、今の中身は、魔王の両足を訪ねれば人間の身体を貰えて旨い物が食えるという魔界の噂を聞きつけてやってきた魔物の一人だった。もちろん、ライリーの脳を喰っているので生前通り執事の仕事をしている。

「どうした?」

「ケイトお嬢様の部屋で大男が死んでましてね、お嬢様はまだ息はありそうだがどうします?」

 とライリーが言った。

 ワルドは、

「その件ならローガン様から指示は出てる。ナイト・デ・オルボンを知恵の回るやつに喰わせろ。ケイトは治してやれ。二人を婚姻させオルボン侯爵家の資産をこちらへ流させる予定だそうだ。我々魔物でも人間界で生きていくには金がかかるからな」

「承知しました」

「ナイト・デ・オルボンは見目も悪いし、家畜みたいに餌だけもらって暮らしていたようだが、これからは人前に出られるようにしとけ。侯爵家嫡男だぞ、国王の前に出る機会もあるかもしれないしな。知恵の回る奴を配置しろ。それに生まれた実の子を家畜のように扱う侯爵家だ、場合によっては侯爵家ごと入れ替えても構わないそうだ。ただ、絶対条件はソフィア様に忠誠を誓う事。これを破った奴は今までにも何匹もいるが、魔王様の右腕の腹が膨れるだけだからな」

 ライリーは肩をすくめ、おっかねえ、という表情をしてから、

「承知しました。お任せ下さい」

 と言った。 

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