第四十二話 ハウエル姉妹

 エレナは顔を真っ赤にして教室を出て行った。

 足早に急ぐ先は高等科の棟だった。

 姉のレミリアに事の次第を告げ、今すぐにもソフィアを退学にしてもらわなければ気が済まなかった。各クラスではそれぞれに授業が始まっており、廊下はシンとしていた。

 授業を受けずにいる所を教師に見つかれば例え公爵家令嬢でも注意を受けるのは間違いないが、それよりもソフィアに対する怒りが大きかった。


「お姉様……」

 エレナが訪れたのは生徒会室の大きな一室だった。

 レミリア・ハウエルは高等科最上級学年で、生徒会にも所属している。

 会長はケイトだがレミリアは副会長をしていた。

 身分でいえばレミリアの方が上だが、成績、魔力ともにケイトが上回っているのは周知で、レミリアも面倒くさい生徒会の行事は極力避けたかった。上級貴族の令嬢、更に皇太子妃候補であるための勉強、礼儀作法、学ぶ事はたくさんある。さらに聖女候補である以上周囲へのアピールも兼ねて、渋々在籍していた。

「あら、エレナどうしたの?」

「お姉様! 聞いてください! あのソフィア・ヘンデルが私に暴力を!」

 レミリアは眉をひそめた。

 ブルネットの髪を縦ロールにして、少しも隙を見せない鎧のようなドレス。首まで隠すハイネックのデザインの襟、手にもいつもレースの手袋をし、顔以外の肌は露出していない。顔も羽扇で隠しながら、話し笑う。上級貴族の令嬢たるものそれが美徳であり、当たり前だった。

「暴力?」

「そうなの! 私の顔をつかんで、うるさいと言ったのよ! 酷いでしょう? レイラが来たから学院を辞めたんじゃなかったって話をしていただけで……」

「何ですって? レイラが登校したの?」

「そうなの。すっかり辞めたとばかり……でも聖女選抜試験が近いからって……」

「聖女選抜試験に出ると言うの? あの娘が」

「そうなのです! それにヘンデル家のソフィアが……あの惨めな娘が私に!」

 わあわあと騒ぐエレナを一睨みで黙らせたレミリアは、

「エレナ、あなたに言ってあったはずよ? レイラが聖女候補を辞退するようにさせなさいと。そんな事も出来ない役立たずですと言いに来たわけ?」

 と言った。

「お、お姉様……」

「この私は次期皇太子妃であるのよ? 万が一、あの娘が聖女に選ばれたら、皇太子妃の私が平民の娘と同等の地位に並ぶのよ? 許せる?」

「で、でも、お姉様が聖女に選ばれれば何も……」

 バシッとレミリアが妹の頬を叩いた。

「お姉様……」

 レミリアは事の重大さが分かっていない妹を睨んだ。

 それが出来るならば、愚鈍な妹になど頼むものか。

 レイラの光の力は強力で、始めてレイラを見た瞬間に思わず感じた敗北感、レミリアはそれを消せない汚点として自分で自分に刻み込んでしまった。

 レミリアが再び羽扇を持った手を振り上げたのでエレナは、 

「ごめんなさい、お姉様!」

 と身をかがめた。

「もう一度だけチャンスをあげるわ。レイラをどうにかしなさい」

「え、どうにかって?」

「そんな事は自分で考えなさいな。その足りない頭を使ってね。辞退させる事が難しければ、いなくなってしまえばいいんじゃないかしら?」

「え……」

 レミリアはずいっとエレナの耳に自分の顔を寄せて、

「お前もソフィアのようにいじめられたくないでしょう?」

 と囁いた。

「……」

「公爵家の娘であろうが命令と報酬があれば誰だって簡単にお前を虐めるわよ?」

「そ、そんな……」

「さあ、さっさと教室へ戻りなさい」

 レミリアは妹に背を向け、

「今日はケイト嬢がお休みだから私は忙しいのよ」

 と、机の方へ戻って行った。


 エレナは肩を落として生徒会室を出た。姉の希望通りに出来なければ自分が次に虐められるという脅しが嘘でない事をエレナは知っていた。 

「どうしたの?」

 と声をかけられて驚いてエレナは足を止めた。

 廊下の角から出てきたのはエリオットだった。

「あなた、エリオット・ヘンデルね?」

「そうだけど?」

 優しげに微笑むエリオットにエレナは少し顔を赤らめた。

 エリオットの兄、ローガン・ヘンデルは美青年で有名だった。学院中の女生徒達が騒いでいるのをエレナは知っていた。その弟のエリオットも金髪、碧眼の美少年で、我が儘で癇癪持ちだが、黙っていれば天使のように美しい兄弟だった。

「どうしたの? 授業は?」

 とエリオットが言った。

「あ、あなたこそ」

「僕は少し前に足を怪我してね。歩けないくらいの怪我で、だから、今も大事をとって魔法実習の時間は見学してるんだ。君は?」

「わ、私は少し具合が悪くて……その」

「そう。大丈夫?」

「え、ええ。そうだわ、エリオット、あなたの従姉妹のソフィアのせいよ!」

 エリオットの頬がぴくっと動き、

「ソフィア? ソフィアがどうかしたの?」

 と言った。

「あの方、身分が低いメイドの娘でしょう? でも今日、この私に無礼な事を言って、暴力をふるおうとしたのよ! 公爵家令嬢のこの私に! レイラを庇って、この私に手を挙げたのよ!」

「へえ」

「本当に嫌だわ! どうしてあんな娘がこの学院にいるのかしら。レイラもそう。田舎娘のくせに、私のお姉様と聖女争いをするなんて!」

 エレナは姉に脅された鬱憤をエリオットに向けた。

「あなたのお姉様ってレミリア様だよね? レイラが邪魔なの? 聖女争いで彼女に敵わないから?」

「そ、そんな事はないわ。お姉様が聖女になるに決まってるわ。でもレイラの光の力も結構強くて……一時期は学院に来なかったから、辞めたのかと思ってたら」

「本人はそのつもりだったけど、ソフィアが説得に行ったらしくてね。また学院へ通うようになったらしいよ」

「何ですって! ソフィアのせいだって言うの? 余計な事を……ソフィアこそ虐められてるくせに。ああ、もう、あの二人死んでくれないかしら!」

「へえ……公爵家令嬢がそんなこと言うんだね」

 とエリオットが笑った。

「あ、あなただって、ずいぶんソフィアを虐めてたじゃないの。あの子が死んでもいいいんでしょう?」

「まあ、そうだね」

「何かいいアイデアない?」

 というエレナにエリオットは、

「ない事もないけど」

 と言った。

「何? それ! 教えなさいよ!」

 エリオットは少し笑ってから、

「来週、剣王学院との合同キャンプレッスンがあるでしょ?」と言った。

「ええ、それが?」

「パーティを組んで、魔獣地区の魔獣を殲滅していく行事。先生方もいるし、レベルにあった地区を任されるから、そうそう危険はないはずだけど……まあ何が起こるか分からないよね? なんたって魔獣地区だ。経験の少ない貴族の令嬢が行方不明になっても不思議じゃないでしょ?」

 清らかな笑顔でエリオットはそう言った。



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