地球と異世界、それから幽霊。
何もかんもダルい
アザミの棘
「帰れる!!」
技術担当のクラスメイトの、その一言。たった一言のそれに、皆が湧いた。
爆発したかのような歓声と、お互いを慰め合う言葉。始まりの頃の悲壮感が嘘のようなそれが、一つの街を覆っていた。
異世界で培った絆は、友情だけではない。
恋をして、誰かを愛した。
今生の別れではないことを察してか、あるいは暫しの別れであるからか。異世界側の人々も、涙を目に貯めながらソレを祝福する。
「なあ、牡丹は?」
「……いねぇ、か」
数人が喝采で湧き上がる喜びを抑えながら、たった一人を案じる。
誰よりも苦しんで、誰よりもこの世界を憎んで、嫌って、それでも尚協力してくれていた、気弱な少年を。
誰よりも弱くて、それゆえにそのカタチすら変わってしまったヒトを。
「水差しやがって」
「そう言わないの……分かってるんでしょ」
「……チッ」
悪態を吐くも、そこにあるのは後悔。どうしてあいつが、どうして自分は。
強くなったはずだ。何でも蹴散らせたはずだ。だというのに――――死人が一人増えるかもしれない、その事が怖くて、行方不明のままにして目を逸らし続けた。その結果がどれほど惨い選択をさせるのかも考えずに。
悪態と舌打ちを吐いたその男子生徒は、そんな自分に何より嫌気が差していた。
何も変わらない、なんて。そんな事あるわけがなかったのだ。
一人の少年、その名は牡丹菊花。
最も愛されるべきだった者に愛されず。
それゆえに誰かを愛することが分からず。
その上で、何もかもを取り上げられ続けて。
――――最後の最後に、世界一つを滅ぼそうとした少年の名前だった。
◇
黒馬――――エトヴェンの背に掴まりながら、広い草原を駆ける。鞍無しに馬に乗るのは相当な技術が必要らしいが、今の身体とこの黒馬には関係無い。手綱さえ掴んでいるのなら、後は声掛け一つで最速から停止まで自在だ。
土地は広くても水を貯めておくことが出来ない。生育するのは芝や牧草に似た、それでいて極限環境でも耐える草のみ。それ故にこの世界では農耕はごくわずかで、殆どが放牧による牧畜だった。
抜けるような青い空、何処までも広がる平原をひた駆ける。
最初は余り者同士、ひとりぼっち同士で組まされた1頭だったけれど、気付けば存外息の合うコンビになっていた。
他の馬と比べてやたらと体格が良くて背も高かった割に大人しくて、かと思えば一度怒ると恐ろしいほど執念深くて。
そういう異能持ちだったからか恐ろしいほど頑丈で、建物の壁や鎧を着た人間を蹴り飛ばしたり頭突きで吹き飛ばしたりと無茶苦茶なことをしても怪我一つ負わずケロッとしていた。
陰気で経歴に傷があって孤立していた牡丹菊花と、『大きくて怖い』という理由で人気のなかったエトヴェン。
今となっては唯一の友達と言っていいこいつを、2カ月前に手ひどく扱って縁切りした……はず、だったのに。
「……ここらで良いか」
軽く肩を叩いて“よくやった”と伝え、そのまま降りる。普通は手綱を握っていないと危ないのだけれど、どうせ誰も見ていないからと放り投げた。
そのまま草原に寝転ぶ。軽く伸びをして大の字になると、エトヴェンは周囲の警戒もせず此方を潰さないよう器用に寝転がって体を捩り、頭を胸に乗せてきた。
「重い……痛って、こら蹴るな、人間にとっちゃお前らなんてどんだけ小柄でも重いんだよ」
頭だけでも馬という生き物は筋肉の塊。その重量に呻くと、あたかも言葉を理解したかのように前脚で脛に蹴りを入れてきた。
青い空は、地球で見た頃と変わらない。
何一つ、変わってなんかいない。
……だというのに、俺は変わらないといけなかった。
どうしてこんなことに、なんて考えて。
俺が俺だったから、で納得する。
理想なんてなくて、夢を見たことなんてない。そこへ向けてひた走るような青春の経験もない。その果てにどこかの誰かに踏み潰されそうになる。
そんな理由で、なんて陳腐な言葉こそが得体の知れない怪物のように牙を剥いて、必死の綱渡りの最中にその足場を切り落としてくる。
その後にどうなるかはその人の人となりと、後は運次第。
いい人と出会えても運が悪ければそれでおしまい。運が良くても一人ぼっちならどこかで詰む。
(……結局、そういうことだったんだろうな)
俺は運が悪かった。
生まれてから此処に至るまでの17年、ずっと。
人間は嫌いだ。動物は好きだ。
でも、俺はどうしようもなく人間だから、人間としての生き方をするしかない。
「……なあエトヴェン」
耳をパタパタと動かして返事をする黒馬。もう眠いらしい。
馬の睡眠は20分ほどの短時間を複数回繰り返すとのことだが、彼らも夢を見て微睡んだりするのだろうか。
「……夢だったら、良かったな」
人間になった長い長い夢を見ていて、目が覚めたら畜生で、何も悩まず生きて行く。そうだったらどれほど楽だっただろうかと何度も考えた。
けれど、ここはどこまでも現実だった。
俺を含めて生き残ったクラスメイト25人と、それから先生2人は、地球へと帰った。
――――皆が家族との再会を喜ぶ中、俺は会う勇気が無かった。
死んでしまった友達の家に行くのも怖くて、行かなかった。
学校を辞めて、そのまま戻らなかった。
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