第5話 彼女を「その気」にさせたワケ

 海面でサメに囲まれたみなっちを助けるべく、初めに動き出したのは北風だ。


「みなっち、今助けるぞ! ふううううっ!」


 北風はめいいっぱい、砂浜の方へと風を送る。

 波が砂浜の方へ押し寄せていった。


「わっ!? 急に風が……」


 ボールに掴まっているみなっちが、波に乗り砂浜へと運ばれていく。

 北風に続き、太陽が。


「食らえ、サメども!」


 燦々さんさんと輝き、サメへ向けて強力な太陽光線を飛ばした。


「ん、なんか焦げくさ……って、ええっ!?」


 波に揺られながら、後ろを振り返ったみなっちは驚いた。

 太陽光線によって、サメたちが焼き魚となっていたのだ。

 ぷすぷすと煙が上がっている。


「なんかよくわかんないけど、助かりそう!」


 順調に波に乗り、足が着く位置にまで流れ着こうとしていた。

 そして、いよいよ砂浜を前に、みなっちは思い出す。


「そういえば私、上裸だった……」


 ビーチは見守る人々で沢山だし、だからといってこのまま海の中にいるわけにもいかない。

 浅瀬で無理やり身体を海面下に隠しながら、頭だけを出して悩んでいると。


「ミナ!」


 ビーチの向こう側から一人の青年が駆け寄ってきた。


「えっ! リュウヤ!?」


 驚き、彼を呼ぶみなっち。

 突然、美の女神みなっちの前に現れた若い男に、北風と太陽は困惑した。


「え、なに、あの男?」

「誰だ、彼奴きゃつは。なぜみなっちの前にいる? そしてなぜ、みなっちはヤツを前にして、顔の下半分を海面に隠し、頬を赤らめているのだ……」


 そんなこんなしていると、風に乗ってギャルたちの声が聞こえてきた。


「きゃー、リュウヤ、みなっちのことが心配だったんじゃん?」

「バイトで遅れるって言ってたけど、間に合ったみたいね。あの感じだと、やっぱ両想いじゃね!?」


 ――両想いじゃね!? 両想いじゃね!? 両想いじゃね!?


 ギャルの放った一言が、北風と太陽の耳元に届く。


「「……両想い」」


 そして彼らの脳内に、その言葉が反響した。

 数秒ほど経過すると、二人してため息をついた。何かを悟り、深く落ち込んだ様子である。


「……下々の者どものことで、長年、分からぬことがあった」


 太陽がつらつらと語りだした。


「推しのアイドルとやらに想い人がいることを知った「ファン」と呼ばれる者どもの行動だ。彼らはそれを知ったとたん、裏切られただの、もう推さないなどとわめき散らすだろう?」


 少し寂しそうに話した太陽に、北風は「そうだな」とだけ返した。


「その気持ちが、少しだけ分かった気がした。……だが、本当のファンなら、推しの幸せを強く願ってやまぬものだと思うのだ」


 太陽の持論に北風は涙ぐみながらも「ああ」と応えた。


「……北風よ。今から我が、下々の者どもの目をくらませるべく、キラキラと輝く。お前はそのすきに、みなっちの水着を探し出し、彼女の元へ届けるのだ……」

「ああ。そうするよ」

「それから、みなっちへ今からう言葉を風に乗せて届けて欲しい」

「ああ」


 言うやいなや、太陽は輝いた。

 海辺に一段とまぶしい光が降り注ぐ。


「わわっ、めっちゃまぶしい!?」

「目がっ、目があ!!」


 みなっちの前に立つリュウヤと、砂浜の人々の目がくらむ。

 立ち位置的にまぶしくなかったみなっちの元に、どこからともなく、水着が流れてきた。


「……あ、私の水着!」

「――みなっちよ」

「……え、誰?」

「――今のうちに、水着を身に着けるのだ。意中の相手に、可愛い水着姿を見せたいのであろう?」

「……う、うん」


 なぜか事情を知っているらしい不思議な声に従い、みなっちは流れてきた水着を装着。


「――お主なら大丈夫だ」

「……え? は、はい……」


 不思議な声はそれきり途絶えると、太陽はいつも通りの輝きに戻り、人々は目くらましから回復した。

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