クズその19【淡き想ひ出】
肩に寄りかかり、酔いつぶれそうなすーちゃんを見つめながら、至福を感じていたその時だった。何故か、俺の脳裏に過去の出来事が蘇った──
あれは、確か小学校六年生の頃だったか。当時、俺には初恋の人が居た。その子はとても明るく、愛らしく、クラスでも人気の女子だった。根暗で友達も居ない俺とは対照的に。
ある日、美術の授業でデッサンが行われた。その時、偶々その子が俺の隣の席に座ったのだ。千載一遇のチャンスに興奮した俺は、どうにか彼女とコミュニケーションを取れないものかと試行錯誤した。そこで俺が考えた作戦は、【少しずつ机を寄せる作戦】だった。コミュニケーションを取ろうにも、何せ机と机の間が一メートルも開いている。俺はまずこの距離を何とかしようと考えたのだ。
美術の授業が始まり、俺はデッサンをしながら少しづつ、机を彼女の方に移動させた。気付かれないように、焦らず、慎重に。細心の注意を払いながら、約一センチづつ、自分の机を彼女の机に近づけていく。しかし、この作業は思いのほか過酷だった。
デッサンの授業は二時間。一時間かけて近づけた距離は三十センチ……残り一時間で到達出来るかどうか微妙だ。この時点で俺の行動目的は、『コミュニケーションを取る』から『彼女に可能な限り近づく』に下方修正された。そして、接近作戦を再開。迅速かつ決して悟られぬように近付く。当然デッサンを描きながらの作業なので、絵は描いているものの、意識のほとんどを接近作戦に使用している。キャンバスには良く言えばムンクの叫び、悪く言えば変質者みたいな絵が描かれていた。が──そんな事などお構いなしに、作戦は続けられた。
『日進月歩』『塵も積もれば山となる』『万里の道も一歩から』偉業を成した先人達も、一歩づつ歩んだのだ。歩みを止めさえしなければ、必ずや目的地に到達する────
そんな想いを馳せながら移動を続けた結果、授業終了まで残り五分のところで彼女の机まで、後僅か数センチの所まで移動した。後少し。この机の距離は、キミとボクとの心の距離。やっと、やっと、キミに届くよ……しかし、そう思った瞬間、唐突に彼女は俺の方を向き、「……ごめん。机離してくれない? 気持ち悪いから」と、冷淡な表情でそう告げたのだった。
淡く儚い、晩秋の出来事だった。
そんな、哀しき記憶が脳裏に刻まれた俺の肩に、こんなにもカワイイ女の子が寄りかかっている。しかも俺から近づいた訳ではなく、向こうからだ。
報われた……餓死した甲斐があった。
俺は十五杯目のビールジョッキを空け、悦に浸った。しかし、それとは裏腹に目の前ではカオスな状況が繰り広げられている。
「ううう……本当に、本当に無事でよかったぞ、滝本のぉ。オレは、お前が交通事故に遭遇し、脳死の状態になったいう一報を聞いた時、どうなる事かと……だから、こうしてお前と酒を酌み交わせられる事を心の底から感謝しているのだ………ううう」
……はぁ。酒が入ってからというもの、鈴木はずっとこの調子で涙ながらに移ちゃんへの想いを語る。まぁ、コイツが移ちゃんを好きな事は充分過ぎる程伝わったが、お前の大好きな移ちゃんは、今頃異世界で勇者を満喫しているんだよ。今、お前の目の前に居るのは、移ちゃんの皮を被ったクズなんだ。すまないな。
その一方、田中は、
「ハァ……ハァ。いいですぞ、可愛氏、滝本氏、愛妻氏。この奇跡のスリーショットを眺めながら大好きなカルアミルクを頂ける幸せ……絶頂の極みでありますっ!」と、無駄な二酸化炭素を排出しながら、延々とスマホで動画撮影している。おいおい……お前その動画をオカズにするつもりか? ま、撮影した動画は当然俺のスマホへ送信させるが、一体全体移ちゃんはコイツらとどういう関係性なんだ? とりあえず、詳細データを見とくか。
ピロン♪
【この四人は、大学の非公式サークル『滝本移を愛でる会』、通称チュリチュリ会に所属するメンバー。発起人は大学入学時、滝本移に一目惚れした田中由我夢。彼はこのサークルが活動を行う際にかかる経費を全て賄う、チュリチュリ会のスポンサー兼部長である】
……は? てゆー事は、この飲み会の料金は田中が全部出すって事? コイツ……一体何者なんだ?
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